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お奨めの神社仏閣 投稿者:那青 投稿日:12月23日 15時26分

初詣シーズンが近付いて来ました。
 
そこで、
皆様一押しの神社仏閣など在りましたら、
教えて下さいませ。
とにかく良い感じの処でしたら、
僻地でも本州じゃなくても、かまいません。
(さすがに初詣には行けないと思いますが、死ぬまでには多分……行くと思います)
 
ちなみに私のイチオシは、
奥秩父の三峰神社です。
今はたしか改修工事中だったと思いますが、
雪に閉ざされた季節のこの社は最高に好きですね。
  • 私の場合・・・ 投稿者:セラフィム 投稿日:12月23日 19時54分

     初詣は、氏神さん、淡島神社、住吉神社の3社参りですね。今年は、行者の関係でお寺の初詣もプラスされますが。氏神さんは賑わっていません・爆。淡島神社は、巫女さんが可愛いです・核爆。住吉神社は、お神酒を頂けます・笑。しかも、お神酒は樽酒です。でも、舛酒じゃないですよー。御屠蘇程度です。
     皆さんも参拝されては如何でしょうか?
  • 鏑矢を探して 投稿者:那青 投稿日:12月24日 11時44分

    セラフィム様レスどうもです。
    >淡島神社は、巫女さんが可愛いです
     
    重要な情報ですね(笑)
    関西方面に行った時は是非、伺いたいです。
     
    ちなみに私の住んでいる区には、
    ここ24年間参拝者ランキング一位の明治神宮が在るのですが、
    何故みんな、参詣するのか少し謎に感じます。
    (御朱印が\500等、他の神社より、なんでも初穂料が高いんですよ)
     
    ところで、去年は神田明神で、鏑矢を手に入れたのですが、
    どこか東京近郊で同じように鏑矢を授与してくれる社は無いものでしょうか?(もしかして何処でもあるのでしょうか?)
  • 那青様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月24日 15時48分

    私は、奈良の高鴨神社なんです。
    何かあるごとに参拝してます(~_~)
    どこが・・・と言われると難しいんですが、
    最初に参拝した時、
    「聖地」
    という感じを強く受けたんです。
    ファーストインプレッションの強さがぴか一だったってことでしょうか(#^.^#)
     
    秩父の三峰神社ですか。
    ちょっと遠いですけど、覚えておきますね!(^^)!
  • セラフィム様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月24日 15時50分

    お酒ですか・・・。
    φ(..)
     
    淡島神社はお雛様発祥の地とされてますよね。
    巫女さんもお雛様みたいなんでしょうね(#^.^#)
     
    あと、私の個人的趣味ですが、
    住吉大社・春日大社・下鴨神社
    でも、とてもとても美しい巫女さんにお会いしましたよ(#^.^#)
  • チェック・・・ 投稿者:セラフィム 投稿日:12月24日 21時22分

     住吉大社、春日大社、下鴨神社に美しい巫女さんあり・・・φ(.. )メモメモ・笑。
     淡島神社の巫女さんの良い所は、地元の女の子がやっていること。まぁ巫女さんとしての職意識についてはわかりませんが、少なくとも良い雰囲気ですよ。正月は地元の巫女さん勢揃いです・爆。
     こんな不謹慎なことを書いて神罰が下らないかなぁ(;^_^A アセアセ。一応、巫女さんは神様のお供え物らしい・・・。人である私が可愛いだの、良いだの、という次元じゃないと思うのですが・・・。神様、ごめんなさい。随分俗人なカキコしちゃいまして。
     
  • 私の場合は・・・・・ 投稿者:北畠具顕 投稿日:12月24日 21時58分

    お伊勢さんですかねぇ。それも夜間に別宮に行くんです。シーンとしててすがすがしくなります。
  • あっ・・・。 投稿者:セラフィム 投稿日:12月24日 23時39分

     ご挨拶、忘れておりました。那青様・・・。私は、セラフィムと申します。某派修験道でぺーぺー行者をしております・笑。神様、仏様を拝んでおります。
     
     具顕様。 (*≧∇≦)ノこんばんわぁ♪。お伊勢さんの別宮、夜間・・・φ(.. )メモメモ。そーいえば、夜間の神社へ参拝したことがないですねー。初詣と言えども。
  • マルチレス 投稿者:那青 投稿日:12月25日 00時33分

    >管理者様
    高鴨神社をGoogleで検索してみたら、888件と云う縁起の良さそうな数がヒットしました。
    ……関西の方に移住しようかな?と少し考えました。
     
    >北畠具顕様
    夜の外宮ですか、なんだかお寺さんに比べて、
    神社は夜間の陰の気が強くなり過ぎると聞いた覚えがあるのですが、幽玄な感じに誘われそうな気がしますね。
     
    >セラフィム様
    巫女さんに萌えてしまう人と云うのは、
    その人自身に巫女的要素がある場合が多いので、
    まぁ、宿命と思って下さいませ(笑)
  • 天岩戸神社 投稿者:ひっくんぽん 投稿日:12月25日 13時52分

    初詣に行くなら、高千穂の天岩戸が好きです。
    大晦日の日暮れ頃に一度参拝に行って、
    翌日、初日の出を国見岳から見て、
    もう一度初詣に天岩戸神社に行く――と、
    「岩戸開け!」
    ってカンジに浸れて、何やら満足出来ます。
     
    >巫女さんに萌えてしまう人
    「しまう」がツボですね。
    「理性に反してどうしても」という趣がほのかに感じられて、何やら味わい深いです。
  • セラフィム様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月25日 16時21分

    酒につられる私も不謹慎です〜(^^ゞ
     
    関係ないのですが、今年の初詣は、かなりお神酒をいただきました。
    来年も頑張るぞ!!(←言ってる側から、こういう奴)
  • 那青様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月25日 16時21分

    888ですか。
    末広がりですね(#^.^#)
    縁起いいなぁ。
    来年はきっと今年より「広がった」年になりそうですね。
  • ひくぽんもん 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月25日 16時23分

    た〜〜か〜〜ち〜〜ほ〜〜〜。
    行きたいなぁ。
    九州は、あちこち行きたいとこあるなぁ。
     
    ということで、わたくしも、「お酒にひかれてしまう」味わい深い宿命を背負った女ということで、ひとつ。
  •  投稿者:Naomi 投稿日:12月25日 22時36分

    初めまして那青さまm(__)m
    おすすめ初詣スポットということで、しゃしゃり
    出てきましたの(^^;
    うちの場合は、京都府民でもないのに、なぜか、
    京都で三社参りをこなしてます。
  • あぅぅぅ・・・・ 投稿者:Naomi 投稿日:12月25日 22時45分

    うわーん、申し訳ないっすm(__)m
    書きこみの途中で送信してもうた、ということで
    スレッドのばしね(^^;
     
    で、うちは、上賀茂神社、下鴨神社、祇園の八坂神社
    または、晴明神社が定番コース。
    特に上賀茂神社は大根と揚げの炊出し(初穂料300円)
    が美味なのです(笑)
     
    あと、夜の神社ですが、我が家は大概、夜参りコース(^^;
    奈良の石上神宮なんて、しょっちゅう行くのに昼は数える
    ほどしか行ったことがない・・・
    夜の神社って、人気がないし、空気が澄んでて結構、
    気持ちがいいのです(^^)
  • Naomi様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月26日 18時30分

    上賀茂神社の炊き出しですか・・・。
    おいしそうだけど、300円かぁ・・・。う〜〜〜〜〜ん・・・。
    お神酒は有料ですか?
     
    京都はいろんな方がこられるから無料ではできないのかもしれないですね。
     
    私は夜の神社というのは、あまり経験がないのですが(夜は早く寝ちゃう人間なので)、大晦日(と、お祭の日)だけは別ですね。
    確かに、空気が澄んでるような気がします。
    「気配」が濃いぃような気もしますね〜(#^.^#)
  • 今日は、冷えますね。 投稿者:セラフィム 投稿日:12月26日 20時31分

    ナオミ様、 (*≧∇≦)ノこんばんわぁ♪。お久しぶりです。上賀茂神社は、炊出し・・・φ(.. )メモメモ。夜の神社かぁ。これは経験してみるべし!といっても、今年の晦日は、お寺だしなぁ(;^_^A アセアセ。
  • 夜の・・・ 投稿者:ZOU 投稿日:12月27日 00時36分

    >「気配」が濃いぃような気もしますね〜(#^.^#)
     
    夜の神社の話ですが、たとえばσ(^_^)夜の大神神社はかなり好きな場所なんです。社殿はものすごい存在感で、誰もいないはずなのに、確かにあちらこちらに濃い気配があるような気がしますね。ところが昼の大神神社はかなり嫌いなんです。要は人間嫌いでモノの世界が好きなようで・・・(^_^;)
     
    ところで初詣スレでしたよね。数年前に夜の大神神社に初詣に行ったんですが、最低にマヌケな場所でした。露天の照明が明々と、参道にはゴミが散らばり・・・
    行くもんじゃないですよお、夜三輪初詣。
  • 大晦日神社参り 投稿者:anne猫 投稿日:12月27日 17時12分

    私は今年の夜はいってみようかな?
    京都って車で行くとやっぱ混む?
    ということで 市内高津神社ぐらいかな?
    清荒神も行ってみたいけど。。 車だと宝塚ファミリーランドあたりの駐車場に確かとめなあかんかったような。。
  • セラフィム様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月27日 17時31分

    お寺の大晦日もよいですよね。
    鐘を撞くのですか?
     
    何か行も???
    また、レポートしてくださいませ〜m(__)m
  • ZOU様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月27日 17時31分

    「モノの世界」ですか(#^.^#)
    ZOUさんが言う「モノ」とは、「物=material」じゃあ、なさそうですねぇ(笑)
     
    夜の大三輪。
    ZOUさんから話聞いて、一度行ってみたいと思ってるんですけどね〜。
    普段の夜は11時には布団に入っちゃうお子ちゃまなので(^^ゞ
    今度機会見つけて是非行ってみますね。
    お正月以外に(^^ゞ
     
    でも正月に、大きな神社は、行くもんじゃないかもしれないですね。
    「観光地」化しちゃうからなぁ・・・。
  • 猫様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月27日 17時33分

    京都の正月は・・・・・!!!
     
    大阪市内にも、いろいろありますよ〜。
    高津宮もよいお宮さまですし、戎さんも堀川と今宮にありますし。
     
    電車で行かれるほうが無難な気が(^^ゞ
  • はじめまして 投稿者:ノウダラ 投稿日:12月27日 18時36分

    はじめまして、ノウダラといいます。
     
    初詣は、御所市の一言主神社〜高天彦神社〜高鴨神社はどうでしょうか。
     
    夜の一言主神社の参道燈籠は凄いです。
  • やまんなかの神社 投稿者:なにがし 投稿日:12月27日 20時17分

    山の中にある神社もいいですよ。有名だと明るいですが、そこそこの人出しかない神社だと暗くて、はれておれば星空がまじかにかんじてよかとですばい。
  •  投稿者:北畠具顕 投稿日:12月27日 21時15分

    セラフィムさま〜、こんばんわ。
    >そーいえば、夜間の神社へ参拝したことがないですねー。初詣と言えども。
    普段の夜に行くと警備会社の人に捕まるかも知れませんよ(笑)。中堅神社なら赤外線システムで侵入者感知しますからね。危ない輩もおるのです。
     
    >那青さま
    >なんだかお寺さんに比べて、神社は夜間の陰の気が強く
    >なり過ぎると聞いた覚えがあるのですが、幽玄な感じに
    >誘われそうな気がしますね。
    正月は静けさの中で参拝客の足音を聞きながら拝むんです。けっこう心は洗われますよ。
  • ノウダラ様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月28日 17時21分

    はじめまして(#^.^#)
    一言主神社で、お正月から節分までにかけてだけ、「一陽来復」守りが授与されますよね。
    去年は、高鴨神社〜一言主神社〜二上神社というルートでした。
     
    どっかでノウダラ様とすれ違っているかもしれませんね?
    来年も、そのルートですか?
  • なにがし様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月28日 17時22分

    あぁ、星空の見える初詣もよいですね〜。
    願わくは、正月の空が晴れますように。
    ほら、なにがし様も、祈っていのって!!
  • 具顕殿 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月28日 17時22分

    結構放火事件とかありますもんね(-"-)
     
    具顕殿の初詣はやはりお伊勢様ですよね?
    砂利の音が、静寂に映えるでしょうね(#^.^#)
  • (☆o☆)おぉ!! 投稿者:セラフィム 投稿日:12月28日 20時30分

    具顕様
     (*≧∇≦)ノこんばんわぁ♪。なるほど、夜の神社は警備厳重っていうことですね。昔、勤めていた会社でセ○ムに捕まった同僚がいました。セキュリティー解除の方法を知らなくて、御用!になったそうです。翌日、彼は英雄でした・爆。
     
    のりちゃん様
     ついに法衣が来ました!で、師匠に「着てもええの〜」と聞きましたら、「2月まで待ちなさい」とお預け状態です。早く2月にならんかなぁ。
     
  •  投稿者:北畠具顕 投稿日:12月28日 21時51分

    >具顕殿の初詣はやはりお伊勢様ですよね?
    >砂利の音が、静寂に映えるでしょうね(#^.^#)
    なかなか難しいです。何せ混むので車が進まない。ひそかに外宮を目指してますです。
     
    >昔、勤めていた会社でセ○ムに捕まった同僚がいました。
    私も何回かは捕まった事ありますよ(笑)ちゃんと休みの日に入るといってあったのに来るんですもの。あそこはけっこう真面目です。
  • セラフィム様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月29日 17時37分

    おおお。
    2月に、法衣デビューですかっ!!
    楽しみですね(#^.^#)
     
    あの衣装で山を歩くと、気持ちも引き締まるでしょうね(#^.^#)
  • 具顕殿 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月29日 17時37分

    つかまりましたか(笑)
    ああいう場合って、理由を説明したら、すぐ解放?
    それとも、別室へ・・・とか。
    しかし、休みの日ごとに捕まってたら、結構大変だなぁ(笑)
  • 今年は 投稿者:タマモ 投稿日:12月31日 00時56分

    (ってか来年)大和神社へ参拝すると思います。
    あそこで飼われている犬が可愛いんですよね。
    当然の如く「大神」「檜原」「石上」も周ると思うので
    もしかしたら、三輪山へ登るかも知れません。
     
    今年の五月に「大神」に車を停めて「檜原」まで
    “山辺の道”を歩いたのですが、大神に帰って来る頃にはもうすっかり暗くなっちゃいまして…
    でも人気も少なく幽玄でしたよーん。
     
    >セコム
    やはり五月に一緒に周った貴船へ行った時の事、
    奥宮で(あの竜が住んでいて覗くと絶命するといわれている所)セコムの業者さん達が中へ入ってガチャガチャやってました…w 
  • タマモ様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月31日 15時19分

    大神神社でお正月ですか。
    あそこは、お酒の神様でもありますね。
    お神酒もきっと・・・すいません。お酒のことばっか言ってますね、私(^^ゞ
     
    大神神社にお正月行ったことはないのですが、山辺の道を通って桧原神社へ。
    なんだかすごく豪勢なお正月ですね(#^.^#)
     
    >セコム
    なるほど、管理会社の人は、仕事上入るわけですね。
    う〜〜〜ん、こういうこと言っちゃいけないんだろうけども・・・。
    ちと羨ましいぞ、と。

 

おじゃまします。 投稿者:ノウダラ 投稿日:12月29日 21時48分

二回目のノウダラです。皆さん宜しくお願いします。
 
>来年も、そのルートですか?
 
初詣は、まず 二上山で「初日の出」を見て杓文字を頂いてからです。(笑)
それから、葛城山麓へ・・・
 
来年は、恩智神社・道明寺天満宮・誉田八幡宮・美具久留御魂神社も参拝したいです。欲張りかな?
 
のりちゃんさんのHPで紹介されている神社紹介コーナーの”ひとこと”が良いです。
 
歴史は、知りませんが神社・仏閣へ行くとホットします。
 
みなさん、良いお年をお迎えください。m(__)m
  • ノウダラ様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月30日 17時07分

    二上山で初日の出ですか。
    ということは、私(年越しから初詣)とは、時間がかなり違いますね。
    それならば、同じ神社でも、かなり違う光景でしょうね(#^.^#)
     
    ところで、杓文字とはどんなものですか?
    杓子に文字が書かれている???
    どんな文字でしょう。
    興味ひかれます(~_~)
     
    で、恩智神社・道明寺天満宮・誉田八幡宮・美具久留御魂神社は、結構集中してますから、車ならば、半日あったら十分参拝できると思うのですが、問題は車の混み具合かも。
     
    なんにせよ、
    ノウダラ様、そして皆様にとって、良き新年でありますように。

 

暮れも迫って参りました 投稿者:こたつ城主 投稿日:12月27日 19時22分

↑掃除は亭主に任せて(爆)、私は年賀状の係なんですが、
今年はギリギリまで仕事でPC使いそうで、あれやったり
これやったりしながら、目まぐるしい年末を迎えておりま
す(*o*)!
 
落ち着いたら更新情報も読ませて頂きますね〜。
(出てるのは知ってるのですが、時間が無くて、
スイマセン(^∧^))
 
のりちゃんはお仕事終えられましたか?
私は……もぉもぉ修羅場から抜け出せないっ(*o*)!
20日すぎからこっち、テンテコマイのまま今日に至って
るんですが、最初は一日が36時間単位で、今はナント、
48時間単位になってます(笑)。
 
起きる・テンテコマイする・寝る。
 
寝不足分を消化するべくたくさん寝るから、一度寝ると
10時間ぐらい寝る。
 
とうぜん昼夜逆転する。
 
しかしそれもワケの判らんスケジュールをこなす内に、
また不思議と「元通りに戻る」(笑)。
 
食事……腹が減りすぎたら「その時だけ食う」(爆)。
  • こたつ様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月28日 17時18分

    仕事は昨日でおしまい。
    ところが(^^ゞ
    町内の方が亡くなりまして、昨晩はお通夜のお手伝いざました。
    今日はお葬式。
    で、帰ってきて大掃除っす。
    明日は銀行周って、甥っこたちのお年玉買って・・・(@_@)
    無事、年越せるかどうか、まだ未定です(笑)
     
    お互い頑張って年を越しましょうね!!
  • やっと 投稿者:こたつ城主 投稿日:12月29日 18時31分

    ↑ちょっと形ついて来ました(^_^A)。
     
    でもここんとこのテンテコマイで、家の中はムチャクチャ(笑)。
     
    この頃寒いからか、急病になる人とか多いんですよ。
    よく救急車の音が聞こえて来ます。
    忙しい時期に大変でしたね。
     
    ウチは私は大変だけど、亭主は早めに休みが取れたんで、
    今家の片付けとかしてくれてます(^^)。
     
    で、これから年賀状だぁぁぁ〜っ!(爆)
  • こたつ様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月30日 17時06分

    なんとかかんとか大掃除(といっても、レンジと冷蔵庫を掃除しただけで後はいつもの掃除と一緒です)を終えました。
    正月の買い物もあとは、お雑煮と年越しそばの準備だけです。
    はぁ〜〜〜〜〜。
    なんとか越えれそうです〜〜(#^.^#)
     
    なんか、毎年こんな会話してますね(^^ゞ

 

新スレ 星だよ 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月26日 18時33分

那青様
7回ですか!!
出雲大社は確か、二礼四拍手一礼でしたよね?
七ってのは確かに、聞いたことないかも。
 
何か意味があるんでしょうね。
しかし、スサノオ命の総本宮というか、地元というか・・・はどこになるんでしょうね。
 
スサノオ命は、いろんな「顔」があるから、一概にはいえませんが、「八」にはご縁の深い神様ですよね。
  • こたつ様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月26日 18時34分

    騎馬民族が何度もやってきたんだとすると、案外、太いパイプっていうか、厚い交流もあったのかもしれませんね。いや、案外でもなんでもないのかな(^^ゞ
     
    妙見に関しては、あんまり今まで意識したことなかったんですよ。
    ただ、「製鉄」との関わりが深い、と聞いたこともありますので、もしかしたら、製鉄業の広がりと妙見の広がりってのも関連があるのかも。
     
    ただ、いつそれが広がったのか、ってのは要注目ですね。
    第一次妙見拡散(?)は、製鉄の広がりと共に。
    第二次妙見拡散は、騎馬民族の移動と共に。
    なんて具合に段階があるかも(笑)
     
    カカセオの逸話は、なんか発見があったらまた書き込みますね〜。
    出雲で・・・ってなことがあれば、私的には嬉しいんですが・・・。
  • Naomi様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月26日 18時35分

    石神伝説でしたか〜〜〜。
    ありがとうございます〜〜〜。
     
    で・・・どういう伝説でしたっけ(^^ゞ
    読んだのに、すっかり頭から消えておりまする(T_T)
  • おねえさまがた 投稿者:ひっくんぽん 投稿日:12月26日 19時59分

    Naomi様>ひくもんもん、ビンゴ!
    サンキュですー。頼りになるお方♪
     
    女将様>多分どっかに原典はあるのだろうね。
    そらそやがな(;w
    流石のワシでも「漫画に出てた」ってだけの話はせんてば。
    つか、そっちに送ったのに入ってなかったかな……?
    「日本の神々」の鹿島界隈について書いてあるとことか。
    「八幡愚童訓」とか「琉球神道記」とか、何かその辺の暖かそうな海方面のだったかなあ?
     
    女将どん>「オシオイ」の方にひっかかってくるとは思わなんだわ・・・のだ〜〜。
    何がつながるやら解らんのう……ザ〜マス。
    まあ、「カカ−セオ」パターンの諸説なんかと一緒に、とりあえず引き出しん中に放り込んどくくらいならアリかも解らんね、或いはこれも。
     
    >第一次妙見拡散(?)は、製鉄の広がりと共に。
    >第二次妙見拡散は、騎馬民族の移動と共に。
    >なんて具合に段階があるかも(笑)
    こういう整理をつけるのはちょっと無理じゃろなあ。
    製鉄は妙見や虚空蔵の名義よりずっと早く入って来てる訳だし、「金属関係の星信仰」が日本国内でいつごろ始まったのかも不明確だし(製鉄の最初の流入と一緒に入って来たとか、そういったことを示す証拠もないし)。
    挙句、修験者とか陰陽師とか遊行の宗教者も伝播に絡んでたような様子もあるし、そうして出来た場末の祠なんかは創建時期が解らんものの方が多いんじゃないかな(地域単位くらいで区切って精査すれば、「この辺に妙見信仰が入ってきたのはおおよそでこの頃」くらいの目安はつけられるかも知れんけど)。
    整理をつけられるとしたら、せいぜい「純然たる妙見信仰」か、「本来妙見ではない信仰の上にその名義が乗ったもの」かってことの割り振りくらいじゃないかな。
     
    こたつ様>カカセオの外房着陸(火星人か?:笑)の出所
    えっ? いやいや。いやいや?
    振り返りますと、青那様は、
    「結局討ち取られず、香取の地に住み着いた」
    と云う説(今のところ伝承は未確認)を紹介され、
    QUBO様は、
    「カカセオを討ったのは香取神宮に祀られている神」
    「カカセオがいたのは、香取よりも海側外房の方」
    という千葉の民話を紹介されただけで、
    「カカセオが外房から入った(来た)」
    という説や伝承ってのは、今のところ何処にも……?
    少なくとも自分は聞いたことがないです。
    だから、出所は強いて言えば……城主様?
     
    Naomi様>奈良の丹生川上神社中社
    にう? に、甕の話ですか?
    似たようなとは、大きさ? それとも沈んでるって方ですか?
    ……そそられるかも(w
  • 七拍手の憶測 投稿者:ひっくんぽん 投稿日:12月26日 20時11分

    七拍手といえば、有名なのは三三七拍子。
    しかし、これは多分というか絶対違うとして、
    恐らく教派神道系の団体から新たに出たものじゃないですかね?
    スサノオを重んじる教派神道の方には、
    スサノオを「スサナル」として「なりなる神」
    (成る、生る、鳴るなどの意)
    とする見方があり、
    で、その「なる」を数字では「七」で表す、
    みたいな――多分、そこからじゃないですかね?
    いえ、ただの憶測ですけども。
  • うっく、不覚! 投稿者:ひくひく 投稿日:12月26日 20時13分

    名前を「ひくひく」に変えとくの忘れてたわ。
  • (敷欲)ノ 亀亀JJJ- 投稿者:セラフィム 投稿日:12月26日 20時38分

     皆さん、凄いですぅ!何処で色々と勉強されているんですか?私、付いて行けません(T_T)。
     で、修験では星は結構関係あると思います。節分には星祭りなるものがあるそうですし・・・。お寺にも、北斗七星を崇拝した石仏(?)もありますし。「星に願いを」ってことでしょうか・・・。
  • ひくひくひっくん 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月27日 17時29分

    あ、ごめん(^^ゞ
    資料調べずに、人に質問ばっかしてたわ(~_~)
    なはははははは。
     
    八幡愚童訓も面白そうだから、一度ゆっくり読んでみたいものだけどねぇ。
    絵巻だよね?
    鐘の絵が出てきたっけ?
    はっきり覚えておりませぬ。重ねてごめん。
     
    >「純然たる妙見信仰」か、「本来妙見ではない信仰の上にその名義が乗ったもの」か
    それも、整理つきにくいやろね。現実的に考えると。
     
    土台に星信仰があった方が、その上に妙見さんが乗っかり易いってとこはあるやろうから、現在の妙見さんのうち、いくつかは、「妙見さんより古い星信仰」の可能性が高いと思うけど・・・。
    その気配が残ってればいいのだけれどもなぁ。
    まぁ、注意深く、鼻をひくひくさせれば、かぎ出せるだろうとは思うけど・・・。
    なかなかのぉ(T_T)
     
    で、三三七拍子・・じゃなくて、スサノオ命七拍手。
     
    それって、以前言ってた、「す神」とかそういう話?
    言霊ってのはあると思うけども、
    例えば、「なる」は「七」とか突然言われたら、頭まっしろになっちゃうわねぇ。
  • セラフィム様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月27日 17時29分

    鞍馬の星祭りは、いつでしたっけ。
    節分に星祭りをするのですね。
    それは、ちょっとメモっとかなきゃφ(..)
  • >絵巻だよね? 投稿者:ひくひくひっくん 投稿日:12月27日 18時51分

    ワシは活字でしか読んだことないけど……。
    絵巻のもあるんだっけ。すまん、良う知らん。
     
    >それも、整理つきにくいやろね。現実的に考えると。
    何とな〜く、ある程〜度なら解るもんよ。
    ただ、純然たる妙見信仰ではないことは確かだけど、
    その「純然たる妙見信仰ではない部分」が、
    何処から来たものか解らん、ってことはよくある。
    高知辺りに多い「尖った三つの石を御神体にする三体妙見」
    とかは、一体元は何なのか……宇佐御許山の三石か?
    なんて思ってみたりもするが、良く解らん。
     
    >土台に星信仰があった方が、その上に妙見さんが乗っかり易いってとこはあるやろうから、現在の妙見さんのうち、いくつかは、「妙見さんより古い星信仰」の可能性が高いと思うけど・・・。
    そらそだね。
    星じゃなかったのに、その名前になった、っていうのは、
    「みやけ⇒みょうけん」が事実であれば、そのパターンと、
    (ただ、そこに妙見名義以前に本当に星信仰がなかったかは、
    慎重に確かめなければならんけど)
    あとは「妙見」を「ごっつ良うみえまんねん」って解釈して、
    目の神様になることが時々あって、このパターンの中に、
    「別の先行した目の神様があり、後に妙見の名が乗った」
    っていうケースが存在してれば、それも、ってくらいかな?
    「みょうけん⇒めいけん⇒名犬」ってことで、
    猿神退治の犬の話と習合する場合もあるけど、
    これなんかはどっちが先にそこにあったかは微妙。
    ま、これらは例外的な事例なんで、星つながりでいくのがほとんど。
     
    >それって、以前言ってた、「す神」とかそういう話?
    教派神道は詳しく知らんから、一緒な系統かは知らんけど、
    お筆先みたいなのの中に、数字と「+」とかの記号だけで記されてるようなのがあるのね。
    で、その中で「七」が「なる」の意だったのを読んだことがある。
    知ってるのは、そのくらい。
    思い当たっただけで、この解釈が正しいのかどうかも解らんす。
  • 出雲か〜 投稿者:こたつ城主 投稿日:12月27日 19時11分

    >カカセオの逸話は、なんか発見があったらまた書き込みますね〜。
     
    宜しくです〜(^O^)。
     
    一方ウチの亭主が出雲だけど、前にここで話した月の輪伝承
    ぐらいしか聞いた事ないからなぁ。何か聞く事あったら
    覚えておきますね〜(でもあまり期待できない(^^;))
     
    出所は……う〜ん、どこでもいいや〜(笑)。
    何しろカカセオが千葉に関係あったら私的には嬉しい。
     
    石仏に星のお祈り。これなんかウチの方ではありがちな
    光景です(^^)。ウチの方って山がないから、夜になると
    下にはポツンと石仏。上は満点の星空って感じでね〜。
     
    元から星信仰があったからってのと、元は違ったものを上手いこと隠したとか、いつの間にか元が消えたってのも
    ありそうですね。星は消えないからね〜。
     
    おっ、大友宗麟の予告編やってる! これ前から聞いてた
    んだけど、テレビでちゃんと見たの今が始めてっ。
     
    そういや、キリシタンと星ってのは関係ないのかな(゚.゚)?
    お経に似せた賛美歌とか聞くから、庚申のフリしたとか、
    星に祈ってるフリして夜の集会やってるとか、何かそゆ
    話があったら面白そ〜。
  • キリシタンと星 投稿者:ひくひくひっくん 投稿日:12月27日 21時06分

    高山右近と能勢妙見が関係あったとか何とか言う話は聞いたことありますが。
    キリシタン方面も、能勢妙見も詳しく知らんのですけど。
    オフ会で行かれた方々、どうだったでしょうか。
     
    あと、愛媛〜広島あたりに黄旗神社というのがありまして、
    (黄旗は九曜の中の一つで、日食とか月食を起こす目に見えない星とされてるものです)
    愛媛における黄旗神社が隠れキリシタンの社だったんじゃないか、
    といった説があるようです。
    郷土史家さんが地方の出版社から、その本を出してるようですが、
    未読なので、論旨はまだ存じません。
    面白そ〜な感じは、それが事実なら、後者の方が漂ってますかね。
    愛媛の黄旗神社は、どれも田舎の方にひっそりぽつぽつあるような神社っぽいですし、
    そもそも何で黄旗だけが独立して祀られたのかも、解りませんし。
    ……謎だわ、あれは。
  • ひっくんぺっぽ 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月28日 17時19分

    あ、活字のもあるんか(^^ゞ
    また、年明けたら、図書館行ってみるよ〜。
     
    尖った三つの石ねぇ。
    三つで星っていうと・・・ってついつい考えちゃうけどね。
    いろいろあるやろねぇ。
     
    >「みょうけん⇒めいけん⇒名犬」
     
    げげ。
    いや、私個人としては、猿神退治=人身御供と星は関係ある、と思ってるんだけど・・・。
    私にそう思わせたのが、名犬から星の流れだとしたら、とってもいやん。
     
    せ、す神は全然知らないので、さっぱりわからんからすっ飛ばして、と。
     
    黄旗・・・「おうばん」よね?
    ちゃうかな(^^ゞ
    おうばんってのも、ややこしい神様よね。
    ヒンズーの「ラーフ」のことじゃないか?とか言われてなかった?
    それが、キリシタンとどう繋がるのか。
    もう、わや(@_@)
     
    ラーフっていうと、太陽を食べようとする悪神だったと思うけども、キリスト教において太陽って、あまり重要な役割してなかったのかしら?
    キリスト教も、原始においては、かなり趣がちゃうかったんやろうねぇ・・・。
  • こたつ様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月28日 17時20分

    ご亭主様に、なにとぞよろしくお伝えくださいませ(#^.^#)
    ほんと、地元の方の話ってすごくヒントになるんですよね・・・でも、島根の方って、あまり郷土に愛着がないっておっしゃってましたっけ(^^ゞ
     
    >星は消えない
    本当ですよね。
    そういう意味では、ある時期、全くプリミティブな星信仰があり、それが途絶えて違う信仰が入り、そこにまた新しい星信仰が生まれた。
    それを後世の人間は、「一端途絶えた」ことをすっとばして、プリミティブな星信仰と、新しい全く異なる星信仰を無理やりくっつけようとする・・・てなこともありえます。
     
    もう、これはじっくり行くしかないんですよね。
     
    キリスト教と星・・・。
    日本にどんな形でキリスト教が入ってきたか、というのも、これまた謎ですよね〜。
     
    太秦にある、通称「蚕の社」の三鳥居が、「キリスト教の影響だ!」というのは、ひところ定説だったようなんですが、最近になって、「時代が合わない」と全く否定されてるみたいです。
    そこらへん、よく知らないんですが、聖徳太子が「厩戸の皇子」にされたのは、厩で生まれたキリストの影響だって話もありますよね。
     
    ほんと、日本にどんな形で最初にキリスト教が入ってきたか、それだけでも聞いておきたい気がしますです(~_~)
  • 女将っぽ 投稿者:ひっくんぺっぽ 投稿日:12月28日 19時37分

    >三つで星っていうと・・・ってついつい考えちゃうけどね。
    住吉? とかも考えたんだけど、それなら住吉神社になるだろうから、これは却下した。
    高知においては、「旧称妙見の星神社」と「大元神社」っていうのが、
    もしかしたら元は同じものだったか?ってフシがあるのと、
    広島あたりの三体妙見で祭神が宗像系になってることがあることから、
    「宗像三女神が降りたという宇佐のオモト山が源かなあ?」
    とか思ったんだけども。
    宇佐神宮の地主神は北辰神社だって言われてたりもするし。
     
    >黄旗・・・「おうばん」よね?
    そうそう。
    で、ラーフはもう一つのラゴウ星の方だと思う。
     
    >それが、キリシタンとどう繋がるのか。
    いや、何のつながりもないかも知れんよ。
    単に「最初に隠した場所がたまたまそうだった。手近にあったもんで」とか、そんな話かも知れんから、あんまり考えずに放置してある次第。
    ベツヘレムの星、とかそんなことから連想があったかも解らんが、黄旗神社が先行してあったことは間違いないだろうから、「連想が働いた」ってだけよね、それでも。
    ワシ的には、「何で黄旗が単独で祀られた?」って方が疑問。
     
    >私にそう思わせたのが、名犬から星の流れだとしたら、とってもいやん。
    それはないと思うよ、「妙見と犬が絡んだ観念の元で複数の社がある」のは、知る限り山形県の一部でだけ。
    他の土地では一社も聞いたことないから、地域的なものの筈。
    これは妙見で甕速日を祀るのと同じくらい珍しい事例っす。
  • あ、補足。 投稿者:ひっくんぺっぽ 投稿日:12月28日 19時39分

    >宇佐のオモト山
    ここには三つの大きなイワクラがある。禁則地なんで見れないけど。
  • 梟と狼 投稿者:那青 投稿日:12月29日 13時01分

    数日間(魂が)旅に出ていたら、
    見事に憑いて行けなくなりました(笑)。
     
    で、妙見と犬の絡みと云えば、
    個人的には、秩父三社が思い当たります。
     
    秩父神社に妙見信仰が在って、
    宝登山神社と三峯神社には山犬=狼の信仰が在りますね。
     
    秩父は土地的に一筋縄では行かない謎が多い場所に感じられます。
  • ぽっぽっぽ 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月29日 17時38分

    三つって、考えてみりゃぁ、ありがちな数字やね。
    三筒男。
    三貴子。
    三女神。
     
    ってことを考えると、三つで星だから・・・って短絡すると危険やね、流石に。
    しかし、よくよく考えたら、宗像三女神ってのも、どこが起源だかわからないね。
    確か、宗像大社では、三女神は、スサノオでなく天照大神の娘ってしてると聞いたけど。
     
    ラゴウとオウバンは・・・。
    ごめん、ごっちゃになってた(^^ゞ
    なんにせよ、ちょっと怖そうな仏様(?)というイメージしか・・・。
     
    ただ、「黄旗神社」っていう「神社」があるってのは・・・なんやろね?
    ほんまに、「おうばん」を祀ってたん?
     
    その時代ごとに、いろんな人がいろんなことしぃはるから、もうたまらんわぁ。
  • 那青様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月29日 17時46分

    魂の旅ですか・・・チューリップですね!(←それは「心の旅」しかも古い(T_T))
     
    秩父は(っていうか秩父も)足を踏み入れたこともない土地です。
    狼に対する信仰って、結構あちらこちらにあるのかもしれないですね。
     
    山犬と狼は全く一緒のものなのでしょうか?
    以前、山犬は人間お襲うが、狼は人間を襲わないという違いがあります・・・なぁんてことを聞いたことがあるんですけど・・・。
     
    犬に対する信仰って、例えば、「しっぺい太郎」のような、英雄犬に対するものなのか、それとも、狼を恐れる上での信仰なのか。
    どっちなのでしょうね?
  • 高山右近(゚.゚) 投稿者:こたつ城主 投稿日:12月29日 18時27分

    この人は元は摂津の出身なんですよね。手前味噌で恐縮↓
    http://kotatujo.cool.ne.jp/hyo/itiran/itiran/takayama.htm
     
    >面白そ〜な感じは、それが事実なら、後者の方が漂ってますかね。
     
    こたつもこっちのが面白そう(笑)。
    と言うのは、こたつが持ち出した「賛美歌をお経のフリ
    して」というのが、確か四国だったんですよ。
     
    愛媛だったか……ちょっとそこまでは覚えてないけど、
    ホントにお経の「ギャーテーギャーテーハーラーギャーテー」
    (これは般若心経だけどさ:笑)みたく読み上げる言葉が
    ローマの少年声楽隊のコーラスで歌われる歌詞とピッタリ
    一緒なのっ(≧▽≦)!
    ↑これはテレビで見たんですけどね。
     
    そうそう。ウチの亭主が言ってましたよね。
    「日本で一番郷土愛に乏しい土地かも」って(笑)。
    この頃はそれでも、ちょっとは違うのかもしれない。
    一番熱の冷めた頃に故郷を離れたからね〜。
     
    キリシタンに限らず、江戸時代というのはある意味、宗教
    弾圧時代だけど、中でもキリシタンは真っ向からご法度
    だったから、隠れ信者達は空いてる施設があれば、
    取り付いてでも隠れ集まったとは想像できますよね〜。
     
    しかし黄旗神社というのは、「目に見えない星」ってトコ
    が「隠れキリシタンの皆さ〜ん」と何気に呼び掛ける効果
    に使われたのかも、とは思ったな〜。うん、面白い。
  • もう誰なんか解らんな(;w⇒ 投稿者:ぽっぽっぽ 投稿日:12月29日 19時38分

    青那様>秩父は土地的に一筋縄では行かない謎が多い場所
    同感です。
    国造が天下春、っていうところ辺りから考察を始めたら、
    多分もうつまづき始める気がしますね。
    いや、三峰神社とかは行った事ないんですけども。
     
    女将>三つって、考えてみりゃぁ、ありがちな数字やね。
    造化三神とかね。
    三体妙見は、これを祭神とするケースもままある。
    「妙見=天御中主」で三体、となれば、自然な発想よね。
     
    >ほんまに、「おうばん」を祀ってたん?
    解らんが、社名がそうなんだから、多分……だと思う。
    これ、そもそもの創立の記録が見つからんのよ。
    (分社の勧請の記録はどっかにあったかとは思うが)
    陰陽道とか修験道とか、そっちの方で、何か独自の解釈が
    出たんとちゃうかなあ? なんて思ってるんだけど……。
     
    こたつ様>「目に見えない星」ってトコが「隠れキリシタンの皆さ〜ん」と何気に呼び掛ける効果
    ああ、なるほど、「隠れ」に重点をおいた見方……
    うん、それはオモロイっすね。
  • 管理者様 投稿者:那青 投稿日:12月30日 09時53分

    三峯山の辺りで信仰されているのは、
    「狼」で間違い無いと思います。
     
    日本武尊を導いたり、
    大火から守ったと云う説話が残されているので、
    英雄犬と云えるかも知れません。
     
    ところで、三峰山の麓の地名に、
    贄川と云う気になる地名がありました。
     
    来年も多分1月11日に、参拝すると思うので、
    もう少し、あの辺の情報を集めてみたいと思います。

 

はじめまして 投稿者:うさこ 投稿日:12月20日 04時03分

HP、いつも拝見させていただいております。。
私は関西に住んでいて、寺社仏閣めぐりが大好きです。
神社紹介やオフ会レポートの中に出てくる神社の中で
何社か私が行ったことのあるところが載っていたので
楽しかったです。
かなりの数の神社をお参りされていて、しかもとても
詳しく載せられているので感動しました。
 
神社めぐりが好きな人が私の周りにはあまりいないので、同じ趣味の方がいらっしゃって嬉しいです。
これからも覗かせていただきますね(^▽^)
  • うさこ様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月20日 18時44分

    はじめまして
    関西に住んでらっしゃるんですね(#^.^#)
    もしかしてどこかの神社ですれ違ってるかもしれないですね。
    また、うさこさんの神社参拝の感想など、レポートしてください。
    お待ちしてますm(__)m
  • あと、一週間 投稿者:うさこ 投稿日:12月26日 07時49分

    お正月まであと一週間ですね。。。
    実は、私の家は神社なので、お正月はかなーり
    忙しくなりそうです。
    今年嫁いできたので、ここでのお正月を経験するのは
    初めてです。
    今から、どきどきしてます(^−^;
    私は神道のこととかよく知らないことが多くて
    こちらの掲示板を見て勉強させてもらってます。
    もっと勉強して、掲示板の常連さんになれるよう
    頑張ります(^◇^)
  • うさこ様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月26日 18時33分

    神社は大晦日からお正月までとっても大変でしょうね。
    でも、羨ましい気もします。
     
    うちの掲示板は、私がかなりいい加減な知識しか持っていないので、皆さんのいろんな意見に勉強させられてます(~_~)
     
    うさこさんも、いろいろ教えてくださいね。
     
    でも、特に、難しく考えないでください。
    うさこさんが考えられたこと、不思議に思われたこと、などが、私達の勉強になると思うんです。
     
    これからもよろしくお願いします(#^.^#)
  • こんばんわ 投稿者:うさこ 投稿日:12月28日 01時58分

    >これからもよろしくお願いします(#^.^#)
     
    こちらこそよろしくお願いします!
    神道の難しい話題とかはまったくだめなんですが
    神社に関わってる人間として感じたことぐらいなら
    話のネタになるかな?って感じです!
     
    最近なんか毎日慌ただしいです。
    正月前だから仕方ないんですがヽ(´Д`)ノ 
    撤饌の準備もまだ終わらないし・・・。
    今日からは地域の防犯協会の方が社務所の一角を
    使われています。「火の用心」といって町を
    回る、アレをするそうです。
     
    私は去年まで、京都の大きい神社で巫女をしてました。
    その時は毎日めちゃめちゃ忙しかったです。
    夏場は少し落ち着くんですが、お祭りがしょっちゅう
    あったので、忙しいことが多くて、あれよあれよというまに
    正月になってました。
    有名な神社でしたので、参拝者も多くて、正月は
    大変だったけどあっという間に終わりました。
    授与所はアルバイトの巫女さんにお任せして、
    本職の巫女は舞と社務所で来客の応対と事務作業
    をしてました。
    お正月の来客は各神社のお偉いさんなどが多いので、
    いつも以上に気を使って大変でした。
    私はどんくさいのでしょっちゅう怒鳴られていました(T−T)
     
    その頃から比べると、今は楽といえば楽なんですが、
    その分主婦としての役割が増えました(^−^;
     
    のりちゃんさんも主婦なんですよね?
    お正月はおせち料理を作られるんですか?
    私は、元々料理が苦手で、おせちなんて
    とてもとてもって感じです。。。
     
  • うさこ様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月28日 17時23分

    神様にご縁が深いんですね。
    とすると、本当に、お正月は、「忙しい日」という印象なことでしょう(~_~)
     
    京都は、ちと遠いことと、車で行きづらいことがあって、あまり参拝もできていないのですが、観光客が多いので、さぞ大変だったでしょうね。
    外人さんも多いから、英語とかも多少できなくちゃいけないとか??
    う〜〜〜ん、大変そうです(^^ゞ
     
    で・・・おせちですが・・・。
    もちろん、作りません(^^ゞ
    1日は、主人と私とお互いの実家を一日で周るので、家でおせちを食べることはないんですよ。
    だから、朝にお雑煮をお祝いするくらいです。
     
    でも、ご近所の先輩奥様方から、おせちの作り方については、いろいろ教わりましたよ〜(#^.^#)
    ・・・すっごい面倒くさそうでした(爆!!)

 

オジャマします(^0^)/ 投稿者:cheetah 投稿日:12月26日 20時00分

のりちゃんさま、ご訪問・・ありがとう♪
それにリンクミスの指摘・・ありがとう♪
早速直しましたぁ〜(^^ゞポリポリ
 
今後とも、よろしくです
全国制覇の登録もありがとう♪(^^)v(^^)v
また、ゆっくり来ますね〜(*^o^*)/
  • cheetah様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月27日 17時28分

    早速訪問ありがとうございます(#^.^#)
    八咫烏については、あまり話題にはなってないのですが、面白い発見などありましたら、ぜひぜひ教えてくださいね。
    私も何かありましたら、ご連絡します。
    今後もよろしくお願いしま〜すm(__)m

 

何をいまさら。。 投稿者:匿名希望 投稿日:12月25日 14時15分

某本に神社の参り方が掲載されていました
 
まず心がけ
お風呂にはいって下着など清潔なおのを身につける
毛皮のコートなどダメです!
要確認
神社の御祭神を確かめる
神社に入ったら
お手水でお清めです右手でひしゃくを取り左の手のひらにかけるように浄めそれからひしゃくを左手にもちかえて右手を浄めますそれから口をすすぎ(右手のひしゃくの水を左手で受けて口に運びます
直接口につけてはいけません
ひしゃくを垂直に持ち柄を浄めます
 

それから本堂にいって神社の祝詞を確認します
なければ社務所で聞きます
この祝詞が神社での神様への挨拶です
祝詞の次に参拝の時の拍手や拝礼は神社によって誓うので確認します
 
鈴を鳴らすのはその人がきたことを神様にしらせるためなのでゆっくり3回鳴らします
賽銭は小銭の方が札よりもいいそうです
チャリチャリと音がでた方が神様によく聞こえるからです
遠くから投げず静かに箱にすべらすようにいれます
拍手を打つときもむやみに手を広げず肩幅程度です
作法通りに拍手、拝礼、御祭神の名前を唱え、祝詞を唱え自分の願い事を唱えます
お参りをすませたら後ろを振り向いたらいけません
神社の中でお手洗いに行くのも避けましょう
せっかくのお浄めや願い事に穢れがつきます
お守りは特別なものを覗いては大概は一年だそうです
一年たったら願ほどきして神社に返した方がいいそうです
効力のきれたお守りはよこしまな霊の溜まり場のなるそうです(前話題になったときはずっと持ってってもいい?という話がでったけ?)
 
どう?
私にしては神社サイトらしい話題じゃろ?
 
PS 高校生の時に西宮の広田神社で正月巫女のバイトしたことありま〜す
お守り売ったりおみくじ売ったりする簡単なバイトです
  • 名前忘れた! 投稿者:anne猫 投稿日:12月25日 14時17分

    ↑(^-^;...
  • 猫様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月25日 16時29分

    な・・・なかなか厳しいですね(^^ゞ
     
    ただまぁ、猫さんも山登りしておられるからわかると思いますが、山の中に神社は多いです。
    そういうところに参拝する時、
    「汗びっちょりだわ。お風呂も入らずに参拝できないわ!」
    と考えていたら、とてもその神社には参拝することはできまへん。
     
    服装も、スーツを着込んで・・・なんて、無理どす。
    いや、無理じゃないかもしれないけど、むちゃくちゃ大変どす。
     
    ってことで、神職さんによっておっしゃることに違いはあるかもしれませんが、
    私が聞いた話では、
     
    「形よりも気持ちの方が大事」
    ということでした。
     
    例えば、汗びっちょりならば、水にぬらしたタオルで顔や体を清めてから参拝する、とかね。
     
    しかし、巫女さんのバイトって憧れるなぁ。
    でも、この年で巫女さんのアルバイトに応募したら、あんまりにも厚かましいっすよねぇ(^^ゞ
    まぁ、性格的にも、「清らか」には程遠いしなぁ。
     
    巫女さん衣装の写真とか残ってないんですか?
    もしあるなら、今度見せてください〜〜。
  • そう言えば・・・ 投稿者:セラフィム 投稿日:12月25日 20時02分

     修験道では、山林中の神様や仏様を拝みます。でもって、汗だくのくちゃくちゃの状態でお祈りします・爆。やっぱり、日頃から心の掃除をしていないといけないんでしょうね。因みに、お寺では、心の掃除は、本当の掃除でもって、します。これを下坐行というそうです。坊さんは、下坐行に始まり、下坐行に終る、らしいです。
  • セラフィム様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月26日 18時29分

    なるほど、どこかを掃除することにより心も掃除されるわけですね。
    なんとなく分かる気がします。
    部屋が散らかってたら、心もなんとなく落ち着きませんものね。
     
    とはいえ、掃除は嫌いですが(^^ゞ
    大掃除、いやだよ〜〜〜〜(T_T)

 

今日はお山でした。 投稿者:セラフィム 投稿日:12月21日 21時26分

 今日はお寺に行って、正月の段取りをしてきました。「一番乗り〜!」と思いきや、行って見ればもう多数来ていました(;^_^A アセアセ。今日はメッチャ勉強になりましたよー。斧をヨキなんて言いますよね。で、斧の刃には3本と4本の筋が入っているのを、ご存知ですか?あれって、凄い意味があったんですよー!
  • セラフィム様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月22日 16時01分

    斧について、いろいろ教わってこられたんですね?
    筋ですか?
    斧を実際に間近で見たことがないので、よくわかりませんが、意味があるんですね。
    また教えてくださいませ〜m(__)m
  • 斧について 投稿者:セラフィム 投稿日:12月22日 21時44分

     斧の刃に片方に三本線、もう片方に四本線が彫ってあるのをご存知ですか?斧には大抵彫ってあるんですね。この線は単なる模様だと思っていたんですが、違うんです。なんと、この三本線は「ミキ」と言って、お神酒を現わすそうなんです。で、四本線は、「風地火水」を現わして、供物を意味するそうです。大昔、山師たちは大木を切る時に「1000年持つ建物にしますから、木を切らせて下さい。」とお祈りしたそうです。でも、木は山の中。供物もなければお酒も無い。そこで、この斧を木に立て掛けて、「お供え」としたそうです。だから、今でも斧をヨキなんていうらしいです。
  • 斧にそんな意味が 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月23日 13時05分

    「神」に感謝する気持ちを感じますね(#^.^#)
    「千年持つ建物にしますから」
    って、なんだかとてもよいですね。
     
    今度、斧を見かけたらそんな目でみてみます(~_~)
  • そーなんです。 投稿者:セラフィム 投稿日:12月23日 19時50分

     私もそれを聞いて感動しました。昔の人は神様と身近に生活していたんだなぁ、とつくづく思いました。
     得度を受けて、まる1ヶ月が経ちましたが、やっぱり道のりは遠い世界です・笑。祝詞一つにとっても、完璧に禊祓いできるような、境地には至っておりません・爆。まぁ、何十年も修行せんといかんのだけれども・・・。下手な祝詞で家の神棚には日々申し訳なく思っています。でも、先日初めて友人の為に祝詞を奏上しました。それを聞いていた神主さんは、たいそう喜んで頂いていました。まぁ、確かにお寺でお経をお唱えする人はいても、神社で祝詞をお唱えする人は少ないですからねぇ。
  • セラフィム様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月24日 15時37分

    そうですね。
    神社で祝詞・・・もちろん神職さんが祝詞をあげてくださることはありますが・・・をあげてる方は、私も見たことはないかも。
    セラフィム様の祝詞が神様にきちんと届きますように(#^.^#)
  • やっぱり! 投稿者:セラフィム 投稿日:12月24日 23時35分

     のりちゃんさんも、神社で祝詞をあげている人を見たこと無いですか!どーしてなんでしょうねぇ。神様にお祈りする前に、禊祓いは大切なのに、手水で済ませて、あとはパンパンと拍手打って、お願いして終り・・・。お寺じゃ、熱心にお経をあげる人はいるのに・・・。普通、逆じゃないのかなー。お経は家でこそーっとお唱えするから、功徳があると思うのですが・・・。どなたか「神社で祝詞をあげる人が少ない理由」を知っている人はいらっしゃいますか?
  • セラフィム様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月25日 16時09分

    祝詞をあげる人が少ない理由ですか。
    まず、お経ほど祝詞って一般的じゃないですよね。
    家に仏壇があるおうちは多いと思うけど、神棚があるおうちって、それほどないんじゃないでしょうか?
    仏壇があれば、お盆に1度はお経を聞く機会が設けられるでしょう?
     
    ただ、お経は、偉い先人の教えであり、その内容は決まっていますが、祝詞は違いますよね。
    つまり自分が神様に奏上したいことを美しく読上げればそれはもう「祝詞」ということになるのでは?
    としたら、美しくお祈り申し上げたら、祝詞にこだわる必要もないような気もします。
    ・・・そういう理由もあるんじゃないでしょうか。
  • なるほど〜 投稿者:セラフィム 投稿日:12月25日 19時51分

     確かに!ご先祖さんを祭っていたら、否応なく、お経を聞くハメになりますもんね。それに神社で祝詞を聞くのは、「お祓い」の時ぐらいですもんね。
  • セラフィム様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月26日 18時28分

    「門前の小僧、習わぬ経を読む」
    状態なわけですね(^^ゞ
     
    般若心経をそらで読経できる方は結構いらっしゃるかも。

 

新スレ 素直に星2! 投稿者:ひっくんくん 投稿日:12月21日 18時20分

さて、これまでこたつ城主VSひくもん@木造モルタルは、その最大争点を、
「関東における千葉系妙見以前の星信仰は、水神農耕系か渡来牧畜系か」
というところにひたすら据えてしまっておった訳ですが、こたつさんは要するに、
「東国騎馬団達が、千葉氏が持ち込んだ妙見を『押し付けられたから祀った』筈はない。それを受け入れる素地を彼らは前もって持っていたはずだ」
――というところに揺るがぬものがあって、これを逆に言うと、
「日雲の言ってるような『水神農耕系星神』などでは『騎馬団』が持っていたものとしてはおかしいだろう。『騎馬団』が『星信仰』を持っていなかったんなら、妙見信仰は押し付けられたってことになるんじゃないのか? つか、大体『水神農耕系星神』なんてヨソで聞いたことないし、『水神農耕系』つーのは見間違いで、元は牧畜の星祭祀やったんちゃうんか?」
――このように思われてたと?
もし、そうだったんであれば、これは目を転じて、
「では、渡来人が多かったとされ、また牧畜の盛んだった筈の上野や武蔵などに、日雲が『水神農耕系』と頑固に撤回しようとしない種類の、『千葉氏流入以前からあったと見る他ないと思われる星信仰』が少ないのは何故か?」
――というところを問題にしてれば良かったんでは、と。
 
私は、
「渡来人が流入して馬を持ち込む以前から、下野〜常陸〜房総、及び武蔵の秩父には、ある種の星信仰があった。上野や秩父以外の武蔵、相模なんかには少なかった。これはすでに系統の違いによって住み分けられていたからである。
そうしたところに渡来人が騎馬牧畜文化を持ち込み、この文化は星信仰の有無・系統の如何に関わらず、新たな有力文化として関東全域に広まった。渡来人から広められたのは騎馬牧畜文化だけであって、そこに星信仰は伴っていなかった。
上野や武蔵に、騎馬放牧は多くあれど、日雲の言う『水神農耕系星信仰』が少ないのは、このためである」
――こう考えます。
  •  投稿者:ひっくんくん 投稿日:12月21日 18時21分

    じゃ、さて、牧を作ろうという場合、何処に作るか?
    また、そこにはどんな神を祀るか?
    と考えてみると、まず作る場所は、
    「水辺に近くて、けど、田畑にするにはちょっと怖い場所」
    が多くなるんじゃなかろうか。
    田畑にしても牧にしても、近くに水路がなければやっぱり困る。
    しかし、氾濫しそうな場所に田畑と牧のどっちを作るかと言えば、これは牧でしょう。
    何かあった時に作物は動かせないが、動物は動かせる。
    で、私の言ってる『水神農耕系』というのは、「水乞い」「開拓」「鎮守」「氾濫防止(≒崖崩れ止め)」などとして祀られているものです。
    それを持っていた人達が牧を拓いたのであれば、そこにはその神を祭るんではないのか。
    田畑を拓く時に祀るのと同じ神を、「牧という土地」に祀ったんじゃないか? と。
    それを持っていなかった人達は、そのシチュエーションに適合した別の神を祀ったでしょう。
     
    まとめると、
    「千葉氏を受け入れた房総界隈の土豪達は、その時点で『牧』に星神を祀っていた。
     だから、妙見信仰をスンナリ受け入れることが出来た。
     しかし、その祭祀は関東に馬や馬型埴輪をもたらした渡来人によるものではなかった。
    渡来人が多かったとされ、また牧畜の盛んだった筈の上野や武蔵などに、
    『千葉氏系妙見流入以前の星信仰』と目されるものが少ないのは、このためである。
    また、妙見流入後、千葉⇒相馬の展開の中で見られる妙見信仰の姿や伝承が、
    『光仁系妙見』とでも言えるものに完全に染め上げられており、
    それ以前の信仰の姿を偲ばせるようなものが全く入っていないのは、
    それ以前の星信仰が『騎馬自体』とは結びついていなかったからである。
    それは『牧場』とは結びついていたが、『騎馬』と結びついてはいなかったのだ。
    『騎馬』と『星』が結びつくのは、東国の騎馬団と千葉氏が同化してから後に起こったことである」
    ――これだったら、どうでしょう?
  •  投稿者:ひっくんくん 投稿日:12月21日 18時22分

    そいから、
    >星=カガセオかどうかは、逆に疑問に思えて来たかな〜(^^;)。
    カカセオは「名前に星って字がついてる」ってだけですよ、基本的に。
    「純粋に神話的に天体を考える」方向と、「実在の人物ないし勢力を考える」方向に、まず分かれますけど、もし実在の人物がそう称されたのであれば、何か理由がある筈だ、と。
    じゃ、その理由は何? というのが問題だと。
    私は単純に「星を信仰してたからじゃないの?」と思ってますが。
  • ひっくんぼん 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月22日 16時00分

    んじゃ、新スレに。
    旧スレ「素直に星」から続いてます。
    >「カカセオ=穢れたものを掻き出す呪者」
    こういうのを出されると、思いっきりメモしたくなるけど、まぁ、やめとこ(^^ゞ
    確かに、語源ってのは、いろんな側面からいろんな見方があるんで、こだわりすぎると危険なんだよね〜。
     
    ただもう一つ「名前」にこだわれば、
    「天甕星」っていう別名かな。
     
    「天」っていう文字が入ってるのがね。
     
    それが「星」と関係ある神だからなのか、それとも、「天神」だからか、なのかとか、ひっかかりだしたらキリないかなぁ〜。
     
    あとは、同じく茨城の蛇神、「夜刀神」との関連は全くないのか?
    とかね・・・。
     
    これは今んとこ、関わりがありそうなとっかかりは全くないけど、まぁ、長い目でいきますわ〜。
     
    長生きせんとなぁ(^^ゞ
  • 「天甕星」 投稿者:ひっくんぽん 投稿日:12月22日 16時56分

    そして、「甕」の字もねぇ。
    鹿島灘沖だかにでっかい「甕」が沈んでるみたいな伝説が
    あるじゃない? 
    それと絡むがゆえの「甕星」だったら、やっぱり常陸近辺の実力者は、っていう……。
    「甕槌」より、「甕星」の方が先にいた訳だからねえ。
     
    あと、速日シリーズの中に「甕速日」ってのがいるけど、
    これが岡山県の勝山市界隈の旧妙見社に祀られとるんよな。
    (複数存在してる)
    いつからの祭神名かは解らん。
    明治の頃のものすら記録が残ってないらしい。
    しかし、明治の祭神変更の時にそうなったんだとしても、
    そのマイナーなチョイスが解らんでねえ。
    何でよりにもよって「甕速日」?
     
    「天津」「甕」「星」
    これは恣意的に名づけられた名称だろうけど、どの字も難儀よなあ。
    夜刀神との絡みはワシも考えたんだけど、見つからんね。
    カカセオ蛇体伝説が一個でも見つかれば、即座に「カカ=蛇」にして、「夜刀神の長!」とでもしたいところだけど、見つからん。
     
    長生きしてね〜。
  • また長くなったね(笑) 投稿者:こたつ城主 投稿日:12月22日 21時32分

    >日本に「人間を飲み込める大きさの蛇」がかつて存在したことがあったか。
     
    これって考えてみれば、いつの間にか抜けてる視点かも(笑)。
    案外「アナコンダのいる土地から来た伝承」とかね(爆)。
     
    それで……うん。悪魔祓い的布教と潜り込み型布教は、日本にも前者が前はあったのかね?
    でも文献が記される頃には後者になってた、という感じはしますよね。
    私が妙見信仰が流行った理由と思えるのは、もし古代に星信仰があったのであれば、それはすごく閉鎖的な信仰だったのだろうと。大陸から来た道教、あるいはそれを上手くアレンジしたスタイルが、大乗的に受け入れられたのではないか、という具合に思います。
    そういう意味では千葉の押し広げていった妙見信仰というのは、かなり上手く出来たスタイルだったのではないかと想像します。ただ具体的なイメージはわからないけどね。
     
    あとは仏教が入って来て、これも長い歴史と宗派があるので一概には言い切れないけど、仏教がやる事になったから廃止された(別に自主的でも他者の押し付けでもなく、自然と)という部分は重く見ていいと思います。
     
    ところで、「アジスキタカヒコネをよく知りません(汗)。
     
    「霰降る」のアイヌ語は「カカセ−オ」と言うよりは「カウカウアシ」なので、書紀に言う「カカセオ」は遠い感じがするんですよね。
    ただし「カーカーシー」と聞けば「カカシ→カガシ→蛇」にはなりうる。
    だから単純にこの流れで言うと、一度間に「蛇(カガシ)」が入って記紀に取り入れられたのかな、とは思いますね。
    つまり蛇に関する敵を一度想定し、その連想から付けられたって感じかなぁ?
     
    香取に関しては単に、検索すると同じ名の神社が沢山出て来るんで、中には「我こそ本舗」ってなトコもあるのかな〜と思ってただけ(笑)。千葉なんだ。これは判った。
     
    あとカカセオが6世紀に来たとか騎馬信仰なんて、全く思ってないよ?(笑)。
    その後のは……単に、例えば、
    房総の歴史、千葉氏:http://johokan.net/history/Story/chiba.html
    こゆトコにある通り、
    ↓以下引用
    千葉氏の守護神の「妙見」は、北極星や北斗七星を神格化したもので、中央アジアの遊牧民族の間で信仰されていたものが中国を経由してわが国に伝えられたものです。伝来当初は近畿地方で信仰されていましたが、遊牧系帰化人の関東移住に伴い、関東地方にもたらされました。関東の名族であった千葉氏は「妙見」を守護神として崇拝し、一族は妙見を精神的な支柱として強く団結しました。
     
    ↑こうだと自分も思ってるだけよ?(笑)
     
    ただ今回、読んでて注目したのは、「上野・武蔵・相模と、下野と常陸と房総が、系統の違いによって住み分けられていた」の部分。
    この系統の違いって、具体的にはどういう違いかな? かなり興味あります。
     
    カカセオについては、星を信仰してたのか、単に余ってた名を割り振ったのかは、ちょっと判らない。
     
    >>「カカセオ=穢れたものを掻き出す呪者」
     
    これは漢字から?(私は「当て字」臭く思ってたけど)
     
    あと鹿島という名だけど、そういや鹿島氏も相馬とかと同じ系統だよね?
  • ……(TдT 投稿者:ひっくんぽん 投稿日:12月23日 02時28分

    >カカセオが6世紀に来たとか騎馬信仰なんて、全く思ってないよ?(笑)。
    あ……千葉氏に先行した星信仰とカカセオには接点はなかったんすか。
    >「ほ〜ら、記紀にも書いてあるだろっ。何と言ってもカカセオは星の神、そして皆さん! 星と言えば我が家は〜〜〜!!!」
    これを「カカセオ由来の人達がいた」と考えてられるのかと読んでしまい……日本語難シイネ。
     
    >こうだと自分も思ってるだけよ?(笑)
    いや、それだと――って、そろそろ荒らし状態になるからやめときますね、もう(;w
    大して興味もないネタにつきあわして、すんませんでした。
     
    >この系統の違いって、具体的にはどういう違いかな? 
    国造の先祖の違いによって、諸々違うらしいっすよ。
    自分の実感的には、この辺、古そうな星ねえなー、とか、
    そんなんですが。
     
    >>>「カカセオ=穢れたものを掻き出す呪者」
    >これは漢字から?
    や、これはどうとでも考えられるってことの例えで言っただけっす。
    深く考えんといて下さい。
  • ひっくんぼん 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月23日 13時06分

    >鹿島灘沖だかにでっかい「甕」
    いや、知らんかった。
    それって、息栖神社の「忍塩井(男瓶・女瓶)」と関係あるかしら?
     
    「甕」かぁ。
    なんのための甕かしら。
    「鐘」じゃなくて、「甕」。
    う〜みゅ。
     
    甕速日様についてだけども、私が参拝した中では、
    「波多甕井(はたのみかい)神社」に祀られてるのみ。
    だけど、こじつければ、
    「はた」ってのは、「秦」?「機」?って、いう疑問も・・・。
     
    甕速日様、何気に存在感を出しておられるわね・・・。
     
    カカセオ=蛇説は、まぁ、ほんまゆっくりといきますわ〜。
    調べてうちに、全然別の考えになる可能性は十分あるしね〜。
     
    あんがとね〜。
    みんなで長生きしましょ〜ね。うふっ。
  • こたつ様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月23日 13時12分

    妙見信仰が中国からやってきたもの・・・というのは知っていましたが、まず近畿で流行した・・・ってのは、知りませんでした〜〜〜(^^ゞ
     
    とすると、妙見信仰を持っていった遊牧系帰化人も、もともとは近畿在住の人たちだったってことですよね。
    そういう発想が全くありませんでした(゜.゜)
     
    私が住む河内ってところは、昔はかなりべちょべちょな土地だったらしく、馬を走らせるのはかなり大変だったと思います。
    それが、星田や能勢など「妙見」で有名な方になると、結構乾いた土地だったんでしょうね。
    そういうことをちょっと考えてしまいました。
     
    しかし・・・。
    妙見信仰が当初近畿・・・てのは・・・考えてみたら、「妙見」=「天帝」=「天皇」っていう発想だったのかもしれませんが、かなり見逃してました(^^ゞ
  •  投稿者:こたつ城主 投稿日:12月24日 11時15分

    カカセオ千葉(あたり?)出身説は寝耳に水すぎて、
    マジで千葉(氏も県も)に結び付く発想すら持ててません
    でした(^^;)。今後ジワジワその視点も付加するかも
    しれませんが、今はまだとてもそこまでの発想には……。
     
    >国造の先祖の違いによって、諸々違うらしいっすよ。
     
    また何か判ったらヨロシクです。
     
    >まず近畿で流行した・・・ってのは、知りませんでした〜〜〜(^^ゞ
     
    す、すいません(汗)。アタシもどっか前提説明不足の
    まま突っ走ってる時があるのかも。。あと日雲さんも
    言ってたけど、私も視点が変わるとか前と食い違って
    喋る事はあるかもしれません。
     
    あとこれは確定的ではないと思いますが、ルートとしては
    大陸からの移動というのはもっと古くからあったのだとは
    思います。
     
    春秋・戦国とか漢末期、五胡十六国・南北朝時代など、
    戦乱期などに難民が大量に出るわけですが、その時だけ
    いつも偶然日本に来るってワケではなく、何らかルートを
    保ってたりなんかするのでしょうね。
     
    で、土壌的には仰せのごとく、関西より関東の方が適して
    いたのでしょうが、馬そのものの伝来はそう古くはないと
    思いますので、馬そのものと言うより、強いて言うなら
    「遊牧的発想」と言えるのかもね。
     
    この辺りは定住民か、移動型民かとでも言うんですかね。
  • こたつ様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月24日 15時47分

    考えてみれば、
    今日はまさに、星と馬に関連の深い日・・・のイブ(笑)
     
    とりあえず、鶏肉を買って来たんですが、結局、唐揚げの下準備をしてしまいました(^^ゞ
    昨日、チーズケーキを焼いたのですが、味見してるうちに、半分なくなりました。
     
    ・・・まぁ、我が家のクリスマスイブはこんなもんです(笑)
     
    いろんなことについて、最初に聞いた時は、
    「え〜〜〜っ!!」
    だったことが、いつの間にか、
    「ずっと前から知ってたこと」
    になっちゃうんですよね。
    私も3年前までは、日本神話のこともほとんど知らなかったのに、今ではかなりすっとばしてしゃべってるかも(^^ゞ
     
    さて、「遊牧的発想」という言葉で、ふと思いついたのですが、
    「妙見が流行った」北大阪に、「日置」という土地があります。
    これは、太陽が沈むのを、祈りで遅らせた武将の故事から来ているみたいです。
     
    こういう「太陽が沈むのを遅らせた」という逸話は、あちこちに見られるようなんですが、大概は、
    「その日中に田植えを終わらせなくてはいけないのに、しゃべっていたら太陽が沈みかけたので、扇で扇いで太陽を元に戻した」
    というように、農作業に絡んでいるような気がするんです。
    で、この扇で太陽を戻した人は大概長者さんで、その後(人間の分際で太陽を動かした罪で)没落します。
     
    でも、この日置の逸話は、
    「鷹が行方不明になってしまったので」
    「天に祈って太陽を戻してもらった」
    という点で、扇太陽物語と大きく違います。
    そして、この主人公は、勿論罰せられることはありません。
     
    これって、「太陽を戻す」という同じモチーフを、農耕民族の目で描くとこうなる、狩猟(騎馬)民族の目で見るとこうなる・・・っていう例かも・・・。
     
    と、ちょっと思ってしまいました。
     
    結構、大陸から遊牧民族がやってきたのであれば、
    義経=チンギスハーン伝説も、ルート的にはありえないことじゃないのかもしれないですね???
  • 管理者様 投稿者:那青 投稿日:12月25日 00時19分

    25日になりました。
     
    たしか、イエスの生誕の場面に出て来る、
    三博士(三賢者)は、
    オリオン座の三ツ星でしたね。
     
    ……脊髄反射でレスを書いているので、
    あとで、ちゃんと聖書を読んでおきます。
  • >妙見信仰が 投稿者:ひっくんぽん 投稿日:12月25日 13時33分

    >中国からやってきたもの・・・というのは知っていましたが、まず近畿で流行した・・・ってのは、知りませんでした〜〜〜(^^ゞ
    少なくとも「妙見」の名義上のことで言えば、それはやっぱり関東より近畿が先だよね。
    そのまま受け取っていいもんかは怪しいが、「妙見」初来日の伝承を持ってる山口県下松市の降松妙見なんかは、
    「推古天皇の御世に百済の王子が来日して秦河勝が出迎えた」
    なんて話になってるし、河内の天白山妙見寺は蘇我馬子創建の伝があるし。
    流行したとまで言っていいのかは解らんが、関東より遅いことはない筈。
    ただ、折に「妙見」とか「北辰」とか北極星信仰に類するものを十把一絡げにして、例えば、京都の民間で流行って祭祀が禁止された「北辰」のことなんかを、「妙見」の流行として語られることがあったりするけど、こういうのは如何なもんかと思う。
    異なった時期に様々なルートから入って来たものを、吉田神道みたいに「北極星だから一緒」ってまとめて語るのなら、これはやっぱヤバいよね。
    こたつさんの紹介してくれたサイトの「遊牧系帰化人の関東移住に伴い、関東地方にもたらされました」っていうのも、「妙見」としてはどうなのかとなると、かなり疑問。
    妙見菩薩像一つ取っても、亀に乗ってるパターン(桓武系はこれ)、竜に乗ってるパターン(奈良の法輪寺など)、岩に乗ってるパターン(能勢妙見系)、蓮華座&月輪に乗ってるパターン(どっかの絵で見た)とか時代や系統によって色々あるけど、「今昔物語」じゃ、鹿が妙見のお使いとか変化の姿になってて、こんな観念は今もうすでに神社仏閣では見当たらん(知る限りだけど)。
    その歴史的展開はかなり複雑な様相――勿論、本来妙見じゃなかったもの(例えば金属採掘の星神)が妙見名義になったことも沢山あるし、酷い時には「屯倉」から「妙見」に変わったらしい、なんてのもあるそうで。
    放牧系帰化人が近畿で星信仰を持っていたのなら、恐らく元は別の名前だったんじゃないのかな? ならば、その名前で言わんといかんよね。
    例え妙見名義だったにせよ、名前は変動しまくるし、妙見名義の中でも性格は一定しとらんのだから、祭祀上のこれこれこういう性格の類似から、近畿におけるこの信仰が東国の放牧系帰化人の妙見信仰と同じものと見なされる、って風に提示せんと。
  • >「妙見」=「天帝」=「天皇」 投稿者:ひっくんぽん 投稿日:12月25日 13時34分

    >っていう発想だったのかもしれませんが、かなり見逃してました(^^ゞ
    面倒なことに、流行ってそういうことでだけでは収まらず。
    上でも触れた京都の民間で流行った「北辰」なんかは、その祭祀において民衆が男女入り乱れて風俗が乱れとる、って理由で祭ることを禁止されたけど、こんなんは、=「天皇」ってことではおよそ解釈出来んわね。
    禁止した側は、=「天帝」=「天皇」の発想だったろうけども。
    つって、これが何の御利益があって流行ったもんか、よく解らんのだよね。
    男女入り乱れてローソク捧げた、ってくらいしか解らん。
    時々、訳のわからんものがあるんよ。熊本の水神としての妙見なんか、男女像を祀ることが多いし。
    (これが水神であるというのは、祠も何もなく湧き水そのものを「妙見」と呼ぶことがあることからも明らか)
    考えようによっちゃ、栃木の星宮でイワサク&ネサクをペアで祀る事が多々あるってのもそうだけど、「天帝」からはなかなか男女ペアの観念は出て来んよね。
    むしろ、元は七夕とかの方に近いんじゃないかと思われるんだけど……?
    一方、馬子創建の天白山妙見寺――この天白は、天白信仰の天白だろうけど(天白は「月の輪クラに宿をめされる」って風に妙見の姿で歌われる)、しかし、天白なんて一般的には「タタリ神」だもんな。
  • >>鹿島灘沖だかにでっかい「甕」 投稿者:ひっくんぽん 投稿日:12月25日 13時35分

    >いや、知らんかった。
    あれ、「石神伝説」に出てなかった? 違う漫画だったかな。
    何か軍艦の近くから、ザバー! みたいな。
    あの類の何かの漫画にも出てた気が……Naomiさんか猫さんが存じ上げんかしら、その辺。
     
    >それって、息栖神社の「忍塩井(男瓶・女瓶)」と関係あるかしら?
    ……「オシオイ」っていうんだっけ、あれ。
    住吉さんも祭られてて、神功皇后の名も出る(湧き出た年)となると、北九州界隈の海辺が想起されるが……あの辺には「オシオイ=御汐井」ってよくあるんよ。
    キヨメに使う海水とか浜砂のことを言うんだけど、関係ないかな?
    こっちの「忍塩井」は海水を押し分けて淡水が沸いてるから、そう言うそうだけど、北九州の方では、社殿の前に浜砂入れた箱が置いてあって、それを葬式帰りの塩みたいに振り掛けて使う。
    英彦山の修験者さんなんかも、わざわざ海まで出かけて海水汲んで来て、それで神具なんかを清めるらしくて、それも「オシオイ」。
    先日言った阿蘇の「シオイカカセ」も同じことじゃろな、こっちは塩井川の淡水だけど。
    ……で、もし、カカセオが香取よりも海の方=外房辺りにいたとすると、息栖神社があるあたりは昔、「香取の海」って言われてたらしいが……?
    そこに「瓶=甕」で「オシオイ」があるとなると、意外と「甕星」「カカセ」って……?
    なんて(;w
    まあ、あの辺でキヨメることをカカセと言うとは聞かんし、偶然としとくが(尤も、今では九州の方でもキヨメることを「カカセ」とは言わんだろうが)、しかし、瓶が男女ペアになってる辺りも、あらためて興味深くはあるわね。
    全然忘れてたわ、そんなん。
  • >「波多甕井神社」 投稿者:ひっくんぽん 投稿日:12月25日 13時36分

    >「はた」ってのは、「秦」?「機」?って、いう疑問も・・・。
    この「はた」は「秦」でいいんじゃないの? 付近に秦郷があるみたいだし。
    って、元から祭神が甕速日だったのかは知らんけれども。
     
    また長なったわ、スマンのう(;w
  • 那青様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月25日 16時10分

    三博士がオリオンの三ツ星!!
    それは知らなかったです。
    でも、ベツレヘムあたりで見える星って、日本とはかなり違うんでしょうね。
     
    聖書ってのもまた、暗号めいてる箇所が多いですから(ネロの迫害のせい・・ってのも多いにあるでしょうが)、読んでいくと面白いですね。
  • ひくひく 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月25日 16時19分

    情報サンキュなのだ〜。
     
    >男女入り乱れてローソク捧げた
    つぅのが、妙にはまったのだが・・・(~_~)
    でも、あまり深くつっこまないのだ〜。
    今日はバカボンパパなのだ〜。
     
    あ、鹿島灘沖に甕は、石神伝説に出てきたっけ?
    読んだんだけどな。
    忘れてしもた。
    とりみきさんのことだから、多分どっかに原典はあるのだろうね。
    なんだろ?
     
    >「オシオイ」〜「シオイカカセ」+「甕」
    う〜〜〜ん。
    なんか、ちょっと重要なポイントっぽい?
     
    なんで、この時、息栖神社のオシオイの話を思い出したかというと、
    「男瓶・女瓶」と「甕」
    の、単なる「かめ」つながりだったのだけど。
    「オシオイ」の方にひっかかってくるとは思わなんだわ・・・のだ〜〜。
    しもた。キャラ忘れてた・・・。
  • 拍手 投稿者:那青 投稿日:12月25日 23時57分

    今日は某出版社の編集からクラスチェンジ(独立)した人に会ってきたのですが、
    鹿島関係、詳しい人なのでなんかネタはないかと聞いてきました。
     
    記憶が曖昧で鹿島神宮内の配置を忘れてしまったのですが、
    彼の話を聞く処、拝殿の後の、
    スサノヲの奉られている摂社に通常の参拝方法をした処、近くに居た人達にやり方が違うと指摘されたそうな。
     
    その人達は、地元の人達と云う訳では無く、
    何処かの神社研究のサークルの人達らしいのですが、
    通常2拍手の処を7拍手とやるのが、
    この摂社の正しい参り方だと言っていたそうです。
     
    ……8回とか4回と云う社は聞いた事が在りますが、
    7回と云うのは、初めて聞く数字ですね。
  • 実は昨日 投稿者:こたつ城主 投稿日:12月26日 02時20分

    ↑だったか(この頃時間帯ムチャクチャすぎてワケ判ら
    なくなってますが:苦笑)、レス読んで「え〜と」
    とか考えてたんですが、日雲さんが書いてくれた(笑)。
     
    のりちゃんの言う北大阪の日置ですか。まずアッシはよく
    知りません(←まず逃げを打つ:爆)。
     
    でも大方日雲さんの言う通りかと思います(これもちゃん
    と読みきれてなかったらスイマセン)。つまり何派にも
    渡って上陸したって事を彼は言ってるのだと思いますが、
    私もそう思います。
     
    それと私も、妙見はもぉどっかの時点で異常繁殖したと
    思います(笑)。これはですね。過半数を超えた途端に
    一党独裁になるような勢いってモンではないかと(笑)。
    稲荷とか熊野とかもそうかもしれんけど。だから一概には
    「ここにあるから」では言えないのだろうと。
     
    ただ千葉流派(千葉氏千葉氏と言って来たが、実はこの
    一派は枝葉まで入れると氏族名が非常に多かったりする
    :汗)の何て奴がどこに領地を持った、という記録なら
    各地に痕跡が残ってるハズなので、この方面からは「掘ら
    ないと(場合によっては掘っても)判らない」という事は
    無いのでしょうね。
     
    ただルートとしては義経によく言われるのは、北上して
    (恐らく北海道を越えてって事になるかとすら思える(^^;))
    ロシア辺りに行ったかのように受け取れたりするのですが、
    だいたいは日本上陸ルートと言えば、朝鮮半島→壱岐対馬
    →九州、というのが普通かと。
     
    で、南北朝(中国のね、日本のじゃなくて)ごろは騎馬民
    は夫余ではないかと思えます。その前はワカラン(汗)。
     
    遊牧民の信仰の名付けは〜〜〜任せます(笑)。
     
    カカセオの外房着陸(火星人か?:笑)の出所と関東の
    住み分けの件、何か判ったら宜しくです!
  • さらにのばす(爆) 投稿者:Naomi 投稿日:12月26日 14時00分

    あ、あれ?およばれしてましたのね(^^;
    ということで、ひくもんもん、ビンゴ!
    鹿島灘の甕の話は、とりみき著「石神伝説」3巻に
    のってまする。
    んでもって、実は奈良の丹生川上神社中社にも
    おんなじような話があったりします。
    詳しい内容は忘れたので、この次行った時に検証して
    くるっす(^^;

 

お稲荷様 投稿者:なにがし 投稿日:12月13日 19時30分

先日伏見のお稲荷様にいってまいりました。たくさん御社があってびっくりしました。
今回は家にあったお稲荷様をお返しにいったのですが、みたまの入った箱の中がきになってしょうがありませんでした。8cm,15cm,4cm程度の箱なんですが、ふると、ことことと固いものらしく、ちいさなものではないようでした。石かなと思うのですがどうなんでしょう?どなたか知りません?きになってきになって。
神社に人に渡したら結構適当にあつかってました。それぐらいのものかあー(ぷんぷん)!
  • なにがし様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月14日 18時42分

    みたまの入った箱の中身ですか???
    「ご神体」と同じ扱いですよね、多分。
     
    それは・・・興味あるけど、見る勇気はないですよねぇ・・・。
     
    お稲荷さんって、確か、
    「餅の的」が変じた白鳥がまたまた変じた「いねなり(ってなんだろ)」がもともとの起源ですよね。
    で、イログの子孫は、その社から木を抜いてきて、自分ちに祀ったと。
    確か、この木が、かなり重要で、この木を分けてもらって、これが丈夫に育ったら、富み栄え、この木が枯れたら、没落する・・とか、そんな話でしたよね?
     
    とすると、この「木」のカケラかなにかの可能性もないでしょうか??
     
    ご存知の方いらっしゃいましたら、教えてくださいませm(__)m
  • のりちゃんさま 投稿者:なにがし 投稿日:12月17日 23時48分

    >それは・・・興味あるけど、見る勇気はないですよねぇ・・・
    そうなんです。興味はあるけど、箱をあけてみる勇気はありませんでした。どなたか犠牲となって開けてくれないかなあ。
    最近でも伏見稲荷では御御霊って頂けるのかなあ?普通はお札なんですかねえ?
  • なにがし様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月18日 16時18分

    わははは。
    ・・・こんなこと言うと不謹慎かもしれませんが、お稲荷様を邪宗としてる某宗教団体がありますよね(笑)
    あそこの信者さんあたりならば、御神体の中身を見た人がいるかもしれません。
    ・・・不謹慎な話ですけどね(^^ゞ
     
    で、伏見稲荷でいただける御御霊ですが、
    金額はいくらくらいなんでしょうね?
    これは、質問したら教えていただけそうですね〜。
  • 話はかなり反れますが・・・ 投稿者:セラフィム 投稿日:12月18日 21時38分

     ウチのお山には、「豆八稲荷神社」なる祠があります。なんとなく、可愛い名前で気に入っています。祠の中身は何なのか、知りません・笑。因みにウチの氏神さんはお稲荷さんですが、そんな仰々しい御霊ではありません。厚紙に包んだ半紙に「森稲荷大明神」とありました。普通、そんな御霊の入った箱を下さるんですか?伏見のオリジナルではないのでしょうか?教えてくださる方、宜しくお願いします。
  • 豆八稲荷 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月19日 15時23分

    なんだか可愛い名前ですね。
    で、御魂は、いわゆる「お札」なんですね〜。
    「森稲荷大明神」から勧請してこられたんでしょうか?
     
    私は、伏見稲荷大社は、全国稲荷神社の元締め・・・ってことであらゆる稲荷神社は、伏見稲荷から勧請してるのだと思ってたのですが、そうとは限らないのかもしれませんね。
     
    伏見稲荷から勧請した稲荷さんからまた勧請して・・・って、5世代やら6世代くらい孫のお稲荷さんも存在するのかもしれません(#^.^#)
  • どうなんでしょう? 投稿者:なにがし 投稿日:12月19日 22時21分

    >普通、そんな御霊の入った箱を下さるんですか?
    どうなんでしょう?昭和のはじめのころだと思うので今は違うかもしれませんね。家の中のちいさなちいさな御社にいれてました。そういやあおなじさいずの御社にひいじいちゃんも祭ってたなあ。今は仏壇にまとめちゃんましたけど。
     
    >厚紙に包んだ半紙に
    かたちじゃないですよ。わたしんちでは、じいちゃんが本家をゆずってからは、だいだい祭っていた神様の名前を木にまいた半紙に書いて、さらに半紙でまいて祭っていたようです。わたしはこれは神主になれるほどのじいちゃんがやってたことだから、ご分身みたいにたましいがはいっているんじゃないかと思っています。だから、かたちじゃなくたましいがはいっているかどうかが肝心だと思いますよ。
  • なにがし様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月20日 18時42分

    ふと、関係ないことを考えてしまいました。
    ほら、今、お寺の納骨堂も、コインロッカーみたいになってるとこあるじゃないですか。
     
    この先、信仰の形もどんどんシステマティックになっていった場合、
    「御霊をメールに添付して送ります」
    なんて話にもなってきたりして・・・。
    と。
     
    すいません。駄弁でした(^^ゞ
  • 因みに・・・ 投稿者:セラフィム 投稿日:12月20日 22時01分

     因みに豆八稲荷さんの隣りに豆六稲荷さんがいらっしゃいます(ウソじゃありませんよ)。私的には、弟分と思っています・笑。きっと可愛い子狐さんだと思うのですが・・・。
     なるほど、箱に入っている御霊は随分昔の話なんですね。お札は、信心しない人はただの紙切れか、木の端くれでしかないしょうが、信心している人は御霊の拠り代なワケでして・・・。私にとっては御霊の拠り代だと思っています・笑。
     うーん、確かにメールで御霊送信というのは近い将来ありそうですね。もうそろそろバーチャル参拝なるのもできそうだし・・・。因みに密教の護摩壇で、坊さんがペダルを踏むと下からガスが出て、炎がバァーと立ち上がる最新式護摩壇があるそうです。炎がバァーと上がれば、信者さんは、「 (☆o☆)おぉ!!」と喜ぶそうです。ちなみに、ウチのお寺は旧式でガスやペダルはありません(;^_^A アセアセ。
  • めーる 投稿者:なにがし 投稿日:12月21日 12時27分

    めーるで御霊を送信となると、送り先間違いやほしい御霊じゃなく呪いのめーるの可能性もあって結構恐いかも。
  • セラフィム様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月21日 17時53分

    豆八と豆六・・・。
    なんとなく、狐じゃなくて狸をイメージしちゃいますね。
     
    いや、本当に狸が眷属を勤める「お稲荷さん」あるんですよ。
    堀川戎の中にある「だんじり稲荷」がそれです。
    木のウロに棲んでいた狸に愛着を覚えた人々が、死後「稲荷」としたようで・・・。
    なんとなくほのぼのとした感じを受けますね。
     
    で、ガスとペダルで炎をゴ〜ッ!ですか(^^ゞ
    なるほど。
    それはもう、「ショー」に近いですね(~_~)
  • なにがし様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月21日 17時55分

    あぁ・・・そりゃそうですね。
    しかし、呪いはビデオになるくらいだから、デジタル化も可能では???
     
    っていうか、「ウィルス」なんて、呪いみたいなもんですかね(爆)
  • いろいろと・・・ 投稿者:セラフィム 投稿日:12月21日 21時21分

     そーなんですよー。ウチのお山は得体の知れない仏様、神様が大勢なんです(ごめんなさい!)。一応、ご本尊は倶利伽羅不動様なんですが、本来は違うような気がするんです。だって、先輩行者は本尊を「神さん」と呼んだり、「仏さん」と呼んだりするんですよー。多分、大昔に神様がいらして、村人が「なんか凄い力あるなぁ。よーわからんけど・・・。とりあえず倶利伽羅不動様にしとくー?」と決めたような・・・。そんな感じがします。やっぱり神仏習合の修験道ならでは!の祭祀です。
  • そうそう! 投稿者:セラフィム 投稿日:12月21日 21時31分

     護摩供もガスとペダルで炎が「ゴォーッ!」の時代なんです。本来は密教僧の法力で「ゴォーッ!」なんですがね(;^_^A アセアセ。でも、護摩供はある意味「ショー」ですよ。その「ショー」を見て、自分の煩悩を何処まで消せるかが、護摩供の意味なんだと思います。
  • セラフィム様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月22日 16時02分

    ご本尊について、本来の姿が不明っぽいんですね(笑)
    でも、力はある、と(#^.^#)
     
    なんか、そういうのって却って素朴な気がしちゃいますが・・・。
    なんにせよ、人々に大事にされてる仏様や神様はパワーがあるような気がしますです。

 

おちえてくだしゃい 投稿者:なにがし 投稿日:12月17日 23時50分

どなたか、神主になるにはどうしたらいいのか?、今神主のいない神社の神主になることはできるのか?などご存知でしたら教えて下さい。よろしくお願い致します。
  • 神主になる話。 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月18日 16時25分

    これは、もう具顕殿の範疇でしょ〜。
    具顕殿、よろしく〜。
    見てらっしゃるかしら??
  • 呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン 投稿者:北畠具顕 投稿日:12月18日 21時13分

    のりちゃん、困るでごじゃる。・・・毎回このパターンですね(笑)
     
    なにがしさんの質問は二つに分かれますね。
    前段の「神主になる方法」ですね、これは2パターンあります。一つ目は神社本庁の検定試験に通る事です。でも専門的なのでよっぽど独学しておられないと難しいかと思われます。2つ目は金と時間が許せば「その手の学校」に行く事ですね。大きい神社ですとそういう研修機関をもっているところもありますし(出雲とか熱田とか)皇學館もしくは國學院大學ならば取れます。時間もお金もないと一番最初の方法しかありませんが(笑)「時間はあるが学費がない」と言う方は大学出なら皇學館の「神道学専攻科」を受験される事をお勧めします。何せ一年ですから4年通う事を思ったら格段に安いです。しかし毎日満講なので疲れます。何せ4年分を一年でしますから。研修も2年かけるところを1年でやりますから休みもない。
    これ以外になろうと思ったら・・・・宗教法人「神道」を立ち上げていただくしか(笑)。
    では後段の「誰もいない神社の神主になれるのか」という質問です。
    どういう神社を想定されているかちとわからないのですが「普段は誰もいないけどお祭りには神主が来る」というような神社でしたらどこかの神主が兼任しているという事です。なにせ神社八万神主二万という世界ですので(笑)。
    ですから手取りばやい方法は「その神社を兼務社に持つ地域のそこそこの神社に奉職して宮司さんから任せてもらう」というのです。
    もし本当に小さい祠みたいな神社で誰もお祭りしていないようなところでしたら県の神社庁に掛け合うしかないですねぇ。
    以上お答えになりましたでしょうか?
  • 具顕殿 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月19日 15時24分

    いつもいつもいつもありがとうございますm(__)m
     
    具顕殿のサイトにある、「神社を作る方法」を思い出しました(#^.^#)
     
    あと、神社関係の方ならば、講習でとる・・・という方法もあると、ある神職さんに聞いたことがあります(神社の方なので、基本的な知識は既に有る、という前提なのだそうですが、これはコネクションが必要かも。また機会があれば聞いておきますね)。
    ただ、「一族が神道の方である」必要があるそうです。
    また、これまたある神職さんに伺ったのですが、通信教育で・・・という選択肢もあるんだそうです。
    が、これは確か、神職さんの推薦やらなんやら結構制約があるげに聞きました。
    有名なのは、某藤原氏系大社の宮司さんは、通信教育で神職さんになられたそうな。
     
    なにがしさん、神主さんを目指されるのですか?
    いろいろ困難はあると思いますが、いろいろ当ってみてくださいね!!
  • ありがとうございます! 投稿者:なにがし 投稿日:12月19日 22時05分

    みなさまありがとうございます。
    神主になるのって時間かかるんですね。仕事しながらとれればと思っていたんですが・・・とほほ。
     
    >神主が兼任している
    それです!推定1700年ほどまえよりつづいた神社も今は神主おらず。明治までうちがだいだい神主をやっていたこともあり、復興できればと考えています。
  • なにがし様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月20日 18時44分

    多くの神主さんが一般の企業で働きながら休みの日は神職さんをされてますよね。
    それは、神職さんというお仕事だけでは生活をしていけないという事情からだと思いますが。
     
    復興したい神社って、まさか酒殿神社ですか?
    としたら、かなり切迫したご希望なんですね?
     
    私には何もできませんが、その熱心なお気持ちには感服します(#^.^#)
    頑張ってくださいね。
  • のりちゃんさま 投稿者:なにがし 投稿日:12月21日 12時28分

    がんばりまーす!
  • なにがし様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月21日 17時56分

    具体的に何かあれば、また教えてくださいね〜(#^.^#)
  •  投稿者:北畠具顕 投稿日:12月21日 19時02分

    のりちゃん
    >具顕殿のサイトにある、「神社を作る方法」を思い出しました(#^.^#)
    そうそう、何でこんなにすらすら思い出せるのかと思ったら一回やったんだ(笑)
     
    なにがし様
    補足情報です。今は大学に行ってもすんなり明階(試験で取れる一番高い位)はもらえないのです。神社に奉職して初めて認められるように改正されました。
    神社でおまんま食べていくには相当大きな神社に行かないと無理でしょうねぇ(笑)。
    とるんだ、というやる気があれば取れると思いますよ。まずは神社と親しくお付き合いする事ですね。道が見えるかもしれません。
    御健闘をご祈念いたしております。
     
  • 具顕殿 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月22日 16時00分

    何度もすいません(^^ゞ
     
    んで、やはり、いろいろ改正されるんですね。
    お医者様の「インターン」みたいなものでしょうか?
    修行期間が必要ってことですね?
    神社を運営してくのって、結構大変だと聞きます。
    でも、「心の支え」となる存在ですし。
    ・・・でも、「政教分離」があるから、国から補助というわけにいかないんでしょうね。
    厳しいなぁ。

 

新スレ 素直に星! 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月19日 15時31分

日雲ん
ひっくんは、あっちこっちでタケハヅチの神様にお会いしてるでしょう?うふん。
どのタケハヅチの神様も、同じベースがあると感じたかしら〜ん、マリリンよ〜〜ん。
 
で、「人身御供を止めた」という伝承と、「タケハヅチ」は、近いと感じるのね。
 
としたら・・・非常に短絡的な話だけど、カガセオ神は、「生贄を要求」したことは、なかったのかしらん。
 
・・・などとね。
そんな疑問を持ったのだ。
 
で、
>でも、聞いたこと忘れても怒んないでね?
・・・そんなことで怒ってたら、私自身のこと、叱り倒さにゃならんがな・・・。
 
で、廣田神社ですが、ごめん。廣瀬神社でした。
「大忌祭」が行われる神社。
 
崇神天皇の時代、沼地が一夜で陸地になり、しかもそこに橘が生えたという。
 
北辰信仰ってのは感じなかったけどなぁどうだろ。
  • 那青様 投稿者:日雲ん 投稿日:12月19日 15時32分

    >星と関連して来る逸話も特に残されていないですよね?
    私が知る限りではないです。ただ名前がそうだと言うだけで。
     
    >土佐の方を調べてみても出て来ないんだろうなと半ば独り言。
    これも私が調べた限りでは、特になかったです。
    ただ、関東一円の星宮信仰と、高知の星神社信仰
    (或いは四国全域の旧称・妙見信仰)は、
    『水に関わる場所、特に川の屈曲部に多い』という祭祀状況の類似はあるようです。
    伊勢界隈の天白信仰や、恐らく福岡の水天宮の原型と思われる阿蘇〜玉名市辺りに多い「八代妙見とは違う妙見」なんかもそうですね。
    面白いことに、これらはいずれも
    「星の神と言われているが、星にまつわる伝承を持ってない」
    という……相当古いものなんじゃ? と思うのですが。
     
    >建甕槌大神にしても「槌」と云う字が入っている
    「天津甕星」にも「建甕槌」にも「甕」が入っていることと合わせて考えると、ますます興味深いところですよね。
    「甕星」+「葉槌」で「甕槌」が出来上がるという、偶然とは思えないこれは一体どういう意味なのか……?
  • 那青様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月19日 15時32分

    天津甕星が金星だとい「説」は見たことがあるような気も・・・??
    天津甕星は「別名カガセオ」となってますから、もし、甕星が金星ならば、カガセオも金星ということに。
    でも、私としては、カガセオは「実在の人物の神格化」という気が(今んとこ)してるんですよね。
     
    金星は、大凶の星と見られることが多そうですね。
    陰陽道の「大将軍」もそうだし。
    そう西洋では、「ルシファー」を指したりもしますし。
     
    でも、日本ではどうだったんでしょうか?
     
    金星が「大凶」と見られるのは、金星が脅かす存在・・・つまり「太陽」「月」という存在が「絶対的なもの」と考えられていたからじゃないかと思うんです。
    つまり、「一神教」的な感覚ではないか、と。
     
    う〜〜ん、とりとめないですが、そんな感想持ってます。
     
    で、カガセオ地震説、興味深いです。
    私は、「火山」かな?
    とちら〜りと感じたもんですから(^^ゞ
  • こたつ様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月19日 15時33分

    もし、相馬氏が「カガセオは外房からきた」伝承を持ってきたんだとしたら、相馬氏はカガセオになんらかの思い入れがあるということに?
    とすると、将門公とも関連がでるかも?
     
    カガセオ伝承は、結構茨城の地にどっしり根付いてるような印象があったので、かなり歴史が古いようなイメージではあるんですが、ちょっと食指が動きますね。
    相馬氏は、どこからやってきたんでしょう?
  • また同じ時間かい!? 投稿者:ひっくん 投稿日:12月19日 16時17分

    別に狙ろとんちゃうよ?
     
    >どのタケハヅチの神様も、同じベースがあると感じたかしら〜ん
    解らん(;w
    群馬と静岡と奈良と岡山……何処も「その土地その土地」
    みたいな気配しか。
     
    >「人身御供を止めた」という伝承と、
    っていうよりは、「人身御供を止めた伝承の周辺」かな。
    ★その1:
    「人身御供を止めた伝承」はワシ的にはまず第一に諏訪前宮を思うんだけど、
    これと関連がある臭い秩父神社と、群馬の倭文神社には同じ田植え歌が伝わってる。
    「とーとーほーしのたーね」っていうサビの歌が。
    秩父にも群馬の倭文にも人身御供の話は伝わってないけど、諏訪前宮に北斗信仰があったことを考えると、諏訪前宮と秩父と群馬の倭文には、三角形的な接点はあった臭い。
    ★その2:
    岡山美作のシャクシ宮と並んでいる倭文神社については、そこ自体には人身御供停止の伝承はないが、「猿神退治」を伝え、付近から「鉄鐸」を出土した美作一宮・中山神社の近くといえば近く。ここの旧奥社は虚空蔵信仰。で、シャクシ&倭文界隈には、秩父からの移住も確認出来る(丹党中村氏)。
    ★その3:
    静岡の倭文神社は「星山」という場所にあって、ここには虚空蔵や妙見を祀る小祠があって、人身御供の伝承は聞かんが、星が信仰されてて、邪悪なものとは見られてない(隕石落下の伝承がある)。
    ★その4:
    奈良については、姐さんも詳しかろ。
    ――といった風な按配で、「何となく接点がある」という。
     
    >カガセオ神は、「生贄を要求」したことは、なかったのかしらん。
    ★その3の状況や、諏訪前宮なんかで「人身御供停止伝承」と「星信仰」が並存していることからすると、ワシ的には、カカセオと人身御供停止が絡むとしたら、それは要求する側ではなく、止めた側だったんではないかと思う。
    関東一円の星信仰は、千葉氏の妙見信仰を例外とすれば、その大半は日光の地主神とされる星宮(水神・農耕神)とイコールとしてもいいと思うが、日光の男体山からは鉄鐸を大量出土してるし、日光二荒山神社では鹿頭を奉納してるしで、これと諏訪前宮との関連を指摘する郷土史家は少なくない。
    で、姐さんも見てきたように、カカセオの岩と水は絡んでたりするでしょ?
    そんでカカセオ自身に星の伝承がないとなると、では、カカセオが実在したとした場合、その周辺にあった星信仰はどういうものであったか、となると、一番可能性が高いのは、日光星宮系と同一の星=水神信仰。
    これが諏訪前宮と関係が深く、また秩父武甲山でカカセオが大星大神と合わせて祀られ、さらに大星神社というのが長野県内では雨乞いの神的な性格を持っていることを考えると、諏訪前宮守矢氏の北斗信仰へつながっていく可能性が極めて高い。
    であれば――それはやっぱり、人身御供を止めた方だ、と。
  • ↑読みにくかったか……? 投稿者:ひっくん 投稿日:12月19日 16時28分

    >廣瀬神社でした。
    あ、ああ、そう(;w
     
    >北辰信仰ってのは感じなかったけどなぁどうだろ。
    天武なら、自然信仰的な北辰というよりは、観念的な北天信仰だったろうから、そらそうかも。
     
    >天津甕星が金星だとい「説」は見たことがあるような気も・・・??
    野尻さんじゃない? 姐さんなら、きっとそれじゃろ。
  • どこから喋ったらいいのか(^^;) 投稿者:こたつ城主 投稿日:12月19日 19時57分

    海洋民となると、土佐を抜きにもしにくい反面、その時の派閥力学でたまたま任命された厚生大臣を「医者」とは呼びにくいもので(笑)、じゃあ「星=カカセオ」は仮の姿ですかね?
    その点、地震の話は確かに面白いと思いました(火山はどうですかね?)。
     
    で、「星=千葉氏」で前に話した「馬」ですが(笑)、馬・海・星の関わりについては、福永光司さんという方が詳しそうです。卑弥呼時代だかからの大陸伝来の道教の影響を唱えておられるとか。
    (「日本の道教遺跡を歩く」「『馬』の文化と『船』の文化」「道教と東アジア―中国・朝鮮・日本」「混沌からの出発」等)
    http://www.melma.com/mag/40/m00031740/a00000243.html
     
    放牧と海洋民の関連には満たないにせよ、牧と水辺なら、馬を囲い込む上での河川や谷の地形利用がありますね。これも時代が古すぎて、「牧」の資料としては常に「既に在ることが確認されてる」とあるのみかとは思われますが。
     
    ただ、馬は殆ど馬頭観音になってるんじゃないかな? 仏だから却下ってなムチャクチャな論法なら、ま、それも仕方ないけど(笑)。
     
    >相馬氏の「伝承」
    俺に逆らってるのはせいぜい相馬と千葉だけ、と豪語されてる人は日雲さま以外に知りません(^^;)。私に元からあったソースでない事はご承知の通りですよ。だから「質問」したんです。
     
    ただ当初「出典不明」と仰ってたQUBO様には、突っ込んで聞きづらく、少し「口篭もって」ました(笑)。
    日雲さまがお答え下さるのなら、じゃあ宜しくお願いしますね?
     
    まず、カカセオ千葉出身説を全く知りません。
    何でもかんでも千葉出身だったら、千葉県人としては当然嬉しいので(爆)、どこの文献(あるいは神社など?)に載ってるのか教えて下さい。
    房総の相馬師胤が奥州行方郡を領した文久九年(1272)より後か前をとりあえず。
     
    尚、出発点を間違えると大変ですので(←経験則:笑)、私の関心事はせいぜい6世紀以降です。それより前の「文献」か「考古学的証拠」があればお聞きしますが、「弥生か縄文か」という話題に遡るなら、私への説明としては全く必要ありません(聞きたい人は聞かれて下さい)。
     
    では、宜しくお願いします。
     
    次に千葉県の時平神社……。これも知らなかったです(゚.゚)。
    うん。成田山にしても、考えてみれば、危険地域にこそ「軍の駐屯地」や「見張り」を置くわけですよね。
    最近の例としては、里見のいた安房。本多忠勝が上総で見張ってたわけですからね。
     
    >のりちゃん
    >相馬氏が「カガセオは外房からきた」伝承を持ってきたんだとしたら、
    >相馬氏はカガセオになんらかの思い入れがあるということに?
     
    星神なら祀るんじゃないですか。じゃなければ関心あるわけないよね(笑)。
  • こたさま 投稿者:ひっくん 投稿日:12月20日 04時51分

    >まず、カカセオ千葉出身説を全く知りません。
    >何でもかんでも千葉出身だったら、千葉県人としては当然嬉しいので(爆)、どこの文献(あるいは神社など?)に載ってるのか教えて下さい。
    >房総の相馬師胤が奥州行方郡を領した文久九年(1272)より後か前をとりあえず。
    ……いや、文久九年も何も、「カカセオ千葉出身説」っていうの自体、初耳ですよ、私。
    『外房』と言われれば、カカセオは伊豆界隈から常陸にかけての沿岸を活動地域にしてた、みたいな伝承とも説ともつかぬものは読んだ事ありますんで、
    「あれが正しければ、外房のどっかにその筋の者達の中継地点的な場所があっても、そりゃおかしくないな。つか、なきゃおかしいかな」
    とか想起されるかな? くらいのことで。
     
    で、私の方でよく解らなかったのは、「カカセオが外房から来た」ということ自体も不明なんですが、ともあれそのことから、
    こたつ様>相馬氏あたりが持ってった伝承が発端、という事は無いのかな?
    ――と想起されたんであれば、相馬氏と絡んで「外房のどっかから香取のある佐原市辺りへの移住」ということと同内容的に何か思い当たるフシでもあったのかな? と思ったんですけど、もしそうであるなら、それはむしろこっちが是非教えて頂きたいとこで。
    >房総の相馬師胤が奥州行方郡を領した文久九年(1272)
    以降であれば、上記の移住話の原型になったとも考えられるような何事かがあったんですか?
     
    >俺に逆らってるのはせいぜい相馬と千葉だけ、と豪語されてる人は日雲さま以外に知りません(^^;)。
    豪語も何も、だって、どう見ても水神的農耕神の性格が強いんですもの、方々で実際に(;w
    場末の星信仰なんてマトモに調べられてないんすよ。
    ただ、虚空蔵信仰については間違いなく現在最強であろう佐野賢治さんという方が編集された本で、地方の水神的星信仰をネタにした地方の郷土史家さんの論考なんかも取り上げられるようになったりして来てるので、或いはこれから徐々に……?
    ……や、甘いな。これからも多分、あんまり研究されんと見た。
     
    時に、こたつさんて関東平氏における光仁〜桓武の天帝に対する信仰の影響って、どういう風に見てるんですか?
    相馬氏や千葉氏が桓武の裔なら、彼らの妙見信仰はそっち側からの話だけで十分片付いちゃうと思んですけど、これより先に牧畜が来るっていうのが、どうも把握出来ないんですよね……?
  • ひっくん 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月20日 18時51分

    あ、ごめん。
    勝手にスレッド移動させちゃった。
     
    で、もしかしたら、こたつさんの、
    >>カカセオの話が、ってことですか?
    >カカセオが外房から来たって話です。
     
    ってのがすっぽ抜けてないかしら?
     
    カガセオの伝承が茨城あたりで一番採取されてるっぽいことや、神社にもカガセオ神話が残ってることから、カガセオの本拠地は茨城・・・ってのは、ど〜も、そうそう覆せそうにはないけど、
    「カガセオ他地方から渡来説」
    「カガセオ他地方に移住説」
    を、後世の武将が持ち込んだというか、言い出して、それがその地に残ってるってのは、ありそうじゃない?
     
    私だって、出雲から渡来説を唱えたいんだけどね〜(~_~)
     
    で、
    岡山も日光もまだ行ったことないから、ピンとこないけど、カガセオが人身御供に関わるとしたら、
    「止める側」
    だと感じるのね〜。
     
    確かに、
    奈良の「人身御供を止めた話」は、タケハヅチは絡んでも、カガセオのカの字も出てこないもんなぁ。
    ただ、奈良にある「倭文神社」では、人身御供を要求したのは「蛇」。
    私は蛇と星ってのは関係あるんじゃないかという気がする。
     
    「カカセオ」の「カカ」は、「ヤマカガシ」などの名前からも推測できるように、「蛇」と関係があるんじゃないか、って話もあったよね?
     
    カガセオが「丹後半島」で祀られてるというのは、こないだ見つけたし、この当たりにも注目してみようかしら。
     
    丹後半島や福井は、「鐘と雨降り」の伝承が結構伝わってるのが面白いとこなのよね。
    鐘を使って祈雨の儀式をするという伝承なんだけど、これはもしかしたら、かなり歴史が古いかもしれん。
     
    としたら、「鉄鐸」と「鐘」にはなんらかの接点はなかったか?
    ってね。
     
    まぁ、丹後半島は一度では回りきれないので、何度かに分けて、ついでに海の幸も絡めて見てきや〜す。
     
    で、廣瀬神社ですけどね、旦那がね、
    「ちゃうで、廣瀬大社は南向き!
    北向きは、吉野神宮・吉野の勝手神社やろ!」
    って・・・。
    かさねがさね、ごみ〜ん。
     
    しかし、吉野神宮って、明治の創建だったと思うけど、明治の時代に北向きの建物たてるってなんやろ?
     
    ごみ〜〜ん。
    でも、吉野の山の上に、北向きの神社が2社あるってのは、ちょっと興味深くない?
    山の向きってのも関係あるかもしれんけど、見た感じでは、特にそういう印象なかった・・・と思う(←かなり自信ナシ(T_T))
  • こたつ様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月20日 18時54分

    カガセオと千葉っていうより、より正確に言うとカカセオと香取神宮ですね。
    カガセオが追われて香取の地に住み着いたという説があるかもしれないって話になってるもんで。
    ・・・とすると、話が広がって面白いんですけど、今んとこ原典がわかってないんです。
    残念(^^ゞ
     
    ただ、カガセオは記紀にはっきり登場しますから、少なくとも、その存在は、記紀編纂の時期に溯るんですよね。
     
    でも、カガセオがどこに居住していたか、は、記紀には書かれてません。
    じゃ、なぜ関東の豪族だと考えられてるか、というと、カガセオ関係の神社が関東に多いから。
    で、カガセオとそれらの密着具合が、とっても自然で、「後世に無理やり」という感じはないなぁ、ってとこではあります。
     
    ただ、私も実は、カガセオは、出雲からやってきてたら面白いな・・・と考えてたりします。
    というより、私が密かに考えてる、アジスキタカヒコネ=カガセオ説は、カガセオ出雲出身としないと無理があるんですよ〜〜〜(T_T)
    で、今回茨城では、その痕跡が見つからないか、と探したんですが・・・。
    却って、カガセオは、「土着」な感じを受けてしまいました。くっすん。
     
    で、相馬氏とカガセオについては、「星信仰」つながりなんですね。
     
    将門公とカガセオってのは、かなり魅力的なんですけどね〜。
  • すっぽ抜けて 投稿者:ひっくんくん 投稿日:12月20日 21時24分

    女将>ないかしら?
    ……えっ……?(;w
    こた様>カカセオが外房から来たって話です。
    ――って、
    >「カガセオ他地方から渡来説」
    >「カガセオ他地方に移住説」
    そういう意味だったの?(TдT
    ああ……ワシはまたてっきり、
    QUBO様>カカセオがいたのは、香取よりも海側外房の方
    那青様>香取の地に住み着いたと云う説
    ――を受けて、「カカセオが」元いた場所が「外房」で、
    そこ「から」香取に「来た」って形について言われてたんかと。
    にゃんだ、そうなのか。お騒がせですんませんだわ……。
     
    >私は蛇と星ってのは関係あるんじゃないかという気がする。
    これはワシもそう思う――星と蛇が必ず接点持つ訳じゃないけど、
    「星と蛇」を対で持つ人達がいた、って感じかな?
    >奈良にある「倭文神社」では、人身御供を要求したのは「蛇」。
    ただしかし、人身御供を要求した生物が何であるかは、結構変動
    しそうな気はするが。
    「人身御供取るいうたらアレやろ」みたいなとこで、地方差があるんではないか、という気が。
     
    >かさねがさね、ごみ〜ん。
    わはは。けど、ぷ様、ちゃんと憶えてらっしゃるのが偉いね。
     
    で、ちょっと割り込みだけど、
    >アジスキタカヒコネ=カガセオ説は、
    >カガセオ出雲出身としないと無理があるんですよ〜〜〜(T_T)
    これ、マジでタカヒコネの母方の星まで遡ったらアカンの?
    強いて言えば、
    「アジスキタカヒコネ・カガセオ異父兄弟説」みたいな。
    まあ、出雲がらみなら、
    「タケミナカタ=カカセオ説」
    っていうのが、どっかにあった気はするが。
    何で読んだんだっけな。
     
    ついでに、
    >将門公とカガセオ
    将門が新皇と称し始めたのは、上野総社の巫女の神託から、とかいう伝承があるけど、
    カカセオが香取に逃げたというのが本当なら、どっちの祭神もフツヌシ。
    東国で大和朝廷への怨念を連綿と渦巻かせていたのは、一部の物部ぢゃった! 
    みたいな? とっさの思いつき♪(;w
  • ぐおっ!(1) 投稿者:こたつ城主 投稿日:12月21日 00時12分

    ↑長い(笑)。でも、こたつも聞いたからね。ありがとうです。
    で、ちゃんと読むべきなんだけど、すいません。今日はあまり時間が無いので、ざっと目を通したのみで行かせて頂きます。(ごめんね(^^ゞ)
     
    特にのりちゃん、ナイスフォローありがとうございます。
    そう。房総から来たのがホントか、に絡んで「相馬の伝達」(「伝承」って言い方はやめる、誤解を招く気がするから)を想像したのですが、それは前に日雲さまが、馬が東北で(七夕とかで、って事だと思う。無論これは江戸時代だと思うが)祀られる理由は、相馬が持ってった固有の文化形態だろう、ってな事を言ってた覚えがあるので、じゃ、茨城も同様の経緯は無いのかな、と思ったのが理由です。
     
    茨城に相馬が支配した歴史の経緯としては、千葉→茨城→東北(おおざっぱ:汗)じゃないかと思うんだけど、この移動(?)開始の(私の知ってる限りの)時間が「文久九年(1272)」。
    まず千葉氏に関する歴史は内容が膨大ってのと、正直自分のあまりやりたい分野でもない、という二つの理由から、実のところ殆ど知らないのです。これはまず謝っておく、のが大袈裟なら、少なくても「断って」おきますね?
     
    さらに、千葉氏は元は一介の役人ふぜいの身分に過ぎない。
    まず、ここから桓武系と言い切れるのか、いや、系譜的には言えるだろうけど、桓武から出た後の派閥争いや勢力関係をちゃんと把握できてないので、あるいは平将門にしてから系譜的にどうなのか、もっと言うと流刑チックな裏でもあるのか、といった話題がまずあるだろうけど、ここに相応しく思えないので、これについてはこれだけで勘弁して下さい。
     
    尋常に思えない(いやそう言ってるのは、それこそ私だけかもしれないが)部分があるとしたら、千葉氏が全国に広がっていった経緯で、これは「理由としては」納得できる。
    つまり頼朝を応援した功績で、これによって、北は東北、南は九州にの隅々に至るまで領地を広げ、その結果、道教に祖を辿る、北極星や北斗七星を祀るいわゆる「妙見信仰」が全国津々浦々に広がりました、という話も、私は素直に納得できてます。
     
    特に九州千葉氏は元寇の頃だった覚えがあります(ちなみにこの頃、多くの鎌倉武士が九州に派遣されました)。つまり九州と千葉は、スイスイ連絡取れるルートを確保していたと想像しますので、もしかして(地雷を踏む思いだが:汗)、四国ってのはこれと関連ないかな、とかちょっと思いました。
  • がおっ!(2) 投稿者:こたつ城主 投稿日:12月21日 00時13分

    さらに日光の話が出てましたが、これは(また地雷を踏む思いだが:滝汗)、東照宮を建てた時だったか修理再建した時だったか、千葉氏の家紋をつけろゲな幕府の命令だかがあって、まあ徳川家は里見家との対抗上か(これの経緯もスゲェ長くなるから適当にしときますが:笑)、千葉氏を保護したってか、まあナニで(笑)、急いで千葉県に来て、慌てて妙見社を調査させたゲな話を聞いたのですが……関係ないのかな?
     
    で、これは前にも話した事ですが、私が日本の信仰について考える時は、常に「広めた立場より受け入れた立場で決定する」と考えます。
    だから何処であっても、「押し付けられたから祀ってる」とは一概に考えない。その立場から言うと、万が一「日本全国の星に関わる神社が、結局は全て千葉氏、あるいは千葉氏関連が広めた結果」であっても、そこに住んで信仰した人々には「元から馴染みがあったから」が理由だと、少なくても「憶測」します。
     
    ただ民間の信仰に掘り下げるのなら、それはいつの時代であっても、その背景を知らなくては意味をなさない、というコトは言えると思います(だから自分がやろうとは思わないけどね:笑)。牧畜関連については以上。
     
    すると相馬あたりが、「ほ〜ら、記紀にも書いてあるだろっ。何と言ってもカカセオは星の神、そして皆さん! 星と言えば我が家は〜〜〜!!!」と宣伝した経緯ぐらいがあっても、それは物凄く異常でもない(笑)。
    しかし黄門サマは「けっ、しゃらくせぇ、天皇の子孫だと威張り腐りやがって、今じゃ天皇家に近いのは徳川だと知れっ」ぐらいは思ったかも(笑)。
     
    何しろ、民意を得るためにギャアギャア宣伝カーで連呼するのは、今も昔も同じ(汗)。
     
    で、カカセオ。なるほど。伊豆〜常陸が活動地域ね。φ(。。)mメモメモ。ありがと。
    房総が入ってはいますよね(笑)。うん、ヨシヨシ(^^)。←おい
     
    私が知ってる事と、理解できてない点について(笑)。
    タケハヅチと喧嘩して負けた星の神様と記紀(だっけ?)で伝えられてるのは知ってる。
    香取とか鹿島とかは今イチ(汗)。で、その他は殆ど判らない(爆)。
    だから「佐原とか香取のある辺りへ移住」は、まず喋ってること自体が「さっぱりわや」ですわ(笑)。
    一つ質問すると、香取は千葉県発祥とは決まってないんですか?
     
    虚空蔵信仰=水神=星信仰=佐野賢治さん。
    これは収穫。ありがとうございました。
  • ぶぉっ!(3) 投稿者:こたつ城主 投稿日:12月21日 00時14分

    桓武系と関東の関係……(汗)。
    とても一言では言えないってか、勿論知らない事も多いからというのもあるけど、まずは平和に源平ともに移住。やがて両者対立。源氏有利。だが地元の平氏に牛耳られ(笑)、やがて南北朝。京の源氏政権にお株を取られる。
    こっから先は、源氏か平氏かよりも、京政権か東政権かのゴチャゴチャ開始(笑)。
    至る室町。上記さらに泥沼(笑)。
    鎌倉府崩壊→古河公方の独走スタート!!(笑) 関東はこぞって古河に、ひいては小弓公方が出ると、「わ〜い独立王国」と担ぐ千葉県(安房・上総あたり特に)。
     
    人身御供については殆どついてけないけど、蛇=人身御供は、それが「卑しめるのが目的」という意図がどこかの時代にあったにせよ、私もカガセオに近く感じざるを得ない。特に「カガ=蛇」は私も重視します。前に「カガセオ=霰降る」を言った私ではあるけど。
    そして、ここから重要なんだけど、人身御供というものを、ただ「悪」と決め付けるだけだと何の真相解明にも繋がらない、と思う(的外れなことを言ってたら、それは堪忍)。
     
    のりちゃんは、カガセオ=出雲出身だったのか。なるほど……。
    ちょっとこれは、すぐに頭が変換しない(笑)。でも頭に入れておきたいです。
    ただ私は、いろいろ聞いてて、星=カガセオかどうかは、逆に疑問に思えて来たかな〜(^^;)。
     
    星-=蛇。
    これは〜〜。又々「一抜けた」のジャンルだけど(汗)。
    「闇」として総称された時期なんかはあったのかな〜? それもかなり古い時代(^^;)。言っちゃうと、記紀創設段階ごろ(笑)。
     
    そのご武士が出る頃「へへ〜ん、ど〜せ、俺達ぁ嫌われ者よ〜」ってな行動パターンなどあったりして、まあ将門なんかはソレだわなぁ(笑)。
    そういう人が住み着いても、地元にしてみりゃ「何だか知らねぇが、すげぇ金持ちよ、あそこで働けば裕福になれるべっ」と知れば、天皇程度に楯突いても、もちろんついてっちゃうわけね(笑)。
    でも主体の立場としては「反骨の象徴」は残したかったかもしれないな〜、とは少し思ってます。
  • ひっくん 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月21日 17時33分

    >「人身御供取るいうたらアレやろ」
     
    そうよ、それなのよ〜〜!!
    確かに、人身御供を要求する蛇ってのは、不自然なほど、いろんなとこの民話に登場しすぎると思う。
     
    よく言われることだけど、
    日本に「人間を飲み込める大きさの蛇」がかつて存在したことがあったか。
    っていうと、どうも、「ないくさい」らしいね。
     
    でも、なぜか人間を飲み込むのは、蛇なんだな〜。
     
    聖書や、ピノキオだと、人間を飲み込むのは「鯨」なわけで、これは、鯨が肉食かどうかは別として、大きさ的にはそうそう不自然じゃないのだけども。
     
    なぜ、日本では「蛇」なのか。
     
    そう考えると、何か「生贄を要求しそうなあるもの」があって、それの使いが「蛇」ということが一般的に知られていた・・・てな理由が考えられるんだけど、それが何かといわれるとねぇ。
     
    「河の神」が生贄を要求する話は、日本書紀にも出てくるわけで、かなり昔に溯らなきゃ。
     
    でも、他方で、「祈雨」の時に、河の神に捧げるのは牛や馬なわけなんだよね〜。
     
    このあたりの使い分けは、どうなっとんのか。
    と。
     
    カガセオ=タケミナカタ説は知らなかったけど、タケミナカタは諏訪まで逃げてるわけだから、関東まではあと一歩だもんね〜。
     
    で、平将門公と物部ってのもまた・・・。
    将門公ってのも、かなり興味魅かれる人物だなぁ。
    今度図書館で、「風と雲と虹と」を見つけたら借りてこようっと>そのレベルから入らなきゃならんほど、将門公のこと知らんもんで(^^ゞ
  • こたつ様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月21日 17時50分

    話はちょっとそれてしまいますが、
    自分の神様を広げる方法を、乱暴に分けてしまえば大きく二つに別れると思うんです。
     
    まず、広める先で信じられていた神を「悪魔」に変えちゃう方法。
    信じられている神様を悪魔と呼んで、
    「何もかもうまくいかないのは、この神様を祀っているからだ。でも、この新しい神様を祀ればうまくいくよ」
    なんて感じで布教する方法。
     
    で、もう一つは、自分の神様と土着の神様を「同化」させたり、「仲間」にしたりして布教していく方法。
    「あなたの神様とうちの神様は仲良しですからね。一緒に祀りましょう。」
    って感じですね。
     
    前者はキリスト教の手口って感じがしますが、日本の場合は、後者の方法で布教されたことが多かったんじゃないかと思うんです。
     
    そういう意味では、千葉氏が全国的に広がった時に、妙見信仰も全国に散らばった・・・としても、その地に「土着の星信仰」があれば、受け入れられやすかったんじゃないか・・・と思うんですよね。
    こたつさんもおっしゃっておられるように、「押し付けられたから祀ってる」というよりは、受け入れた側に、受け入れやすかった土壌があるんじゃないかと。
     
    でも、そういう場合は、「千葉氏の妙見信仰」と少し匂いの違う要素が残っててしかるべき、とも。
     
    ・・・それが、なかなか難しいんですけどね(^^ゞ
    やはり、「時は積み重なる」んで、下の層ほど掘り返すのに苦労します(T_T)
     
    で、徳川家と妙見社の話、興味深いです。
     
    もう、トンデモになっちゃうので、あまり大きな声では言えないんですけど、日光に、私が「カカセオと関連が深いんじゃない?」と勝手に思ってるアジスキタカヒコネの祠があるそうなんですよ。行ったことないのでわからないけど。
    それがなぜか、いろいろ理由は聞くけど、イマイチピンとくるのがなくて。
     
    「妙見」との絡みだったら・・・。
    いや、これはあんまりにもトンデモだけど・・・おもしろいなぁ・・・。
     
    関東は本当に全然わかってないのですが、これから一個ずつ埋めてかなきゃいけないという感じです(T_T)
     
    でも、将門公には、何か魅かれるものがありますね〜。
    ・・・単に好みなだけかもしれませんけど(^^ゞ
  • ううう…… 投稿者:ひっくんくん 投稿日:12月21日 18時17分

    長くなりそうだったらワードで書いてるうちに、
    女将からレス入ってしもうた……。
    どうしよう。途中から分けて別スレにするか。
    という訳で、途中から勝手にスレ立てさせてもらうな、すまんな女将。
    あ、じゃあ先に女将へのレス漏れ分からいこ。
  • 女将ん 投稿者:ひっくんくん 投稿日:12月21日 18時18分


    >吉野の山の上に、北向きの神社が2社あるってのは、ちょっと興味深くない?
    ちょっと考えてみたけど、すまん……よくわからん(;w
     
    >「カカセオ」の「カカ」は、「ヤマカガシ」などの名前からも推測できるように、「蛇」と関係があるんじゃないか、って話もあったよね?
    これまた正直解らん……つか、語源はあんまり考えないようにしてるというか。
    「蛇」にしても「輝く」にしても、言葉を切る場所は「カカ‐セオ」だけど、これが正しいのかすら、まずもってワシには。
    アイヌ語「アラレ降る」の説は「カカセ‐オ」だけど、この切り方のどっちが正しいかも解らんとなると、どっかしら予断に頼らざるを得んようになりそうで。
    屁理屈で言えば、阿蘇の方では、ヨリマシに使う木をシオイ川で清める祭事を「シオイカカセ」って言ったりするが、記紀神話の文脈とは噛み合わんけど、例えば「カカセオ=穢れたものを掻き出す呪者」と見ることも出来なくはないし。
    全然知らん「カカセ」って言葉があるかも判らんしね。
    まあ、旧事本記に「天背男」が二つ出て来るから、切りどころとしては、「カカ−セオ」の方が可能性高いのかなあ? ってくらいに止めてるっす。
  • 城主さま 投稿者:ひっくんくん 投稿日:12月21日 18時18分

    えーと、まず返信から。
     
    >一つ質問すると、香取は千葉県発祥とは決まってないんですか?
    いやいや、香取は千葉発祥です。で、
    >「佐原とか香取のある辺りへ移住」は、まず喋ってること自体が「さっぱりわや」ですわ(笑)。
    これはあのー、「香取神宮のある佐原市とかの辺りへ」
    ってつもりだったんですが、もしや、
    「佐原や香取のある辺りへ」
    って読めてしまいました……? 
    だったら、すんません。解りにくかったっすね。
     
    で、よ〜くよく考えてようやっと解りました。
    こたつさんはつまり、こう↓考えてた?
    「カカセオらは6世紀前後に何処かから流入して来て、関東全域に広がった星信仰&騎馬放牧民、といったところのものと見る。その流入には、船もキーになるかも知れん。
    ――こうした前提?があった。そのため、
    QUBO様>カカセオがいたのは、香取よりも海側外房の方
    というところから、
    こた様>外房から(流入して)来た
    と仮定的に捕らえて、それを、
    こた様>カカセオまでメイドイン千葉っっ!!(笑)。
    と言った? 
    しかし、「星信仰で外房から」となると、相馬氏が想起されざるを得んので、
    >相馬氏あたりが持ってった伝承が発端、という事は無いのかな?
    と問うた」
    ――と。こういうことでよろしいっすかね?
  •  投稿者:ひっくんくん 投稿日:12月21日 18時19分

    そんで、ようやく、こたつさんの描くイメージが解ってきた気がします。
    わし>関東平氏における光仁〜桓武の天帝に対する信仰の影響
    ――ってお尋ねしたのは、
    こた様>桓武系と関東の関係……(汗)
    ――っていうことではなかったんですが、しかし、
    こた様>何処であっても、「押し付けられたから祀ってる」とは一概に考えない。
    この一文を読んで、どこが最大の温度差になってるかが、やっと解った気が。
    という訳で、以下は新スレに。
  • こっちを 投稿者:ひっくんくん 投稿日:12月21日 18時29分

    あげとこ。
  • ちゅうことで 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月22日 15時59分

    新スレ 素直に星2!
    に移動〜!!

 

オフ会告知 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月14日 18時46分

来年の話をします。
わはははははははは!!(ちょっと笑っとかんとな。鬼だから)
 
・・・は置いといて(笑)
飛鳥坐神社の御田祭を絡めて、オフ会を開催しようと思います。
日程は、
 
2月1日(日)晴れ
 
12:00 近鉄線橿原神宮前駅集合(昼食は済ませておくこと)
12:30 飛鳥坐神社到着、場所確保
13:30 御田祭開始
16:30 御田祭終了
16:45 甘樫坐神社
17:30 橿原神宮前駅周辺で宴会
20:30 解散
 
という感じで考えています。
 
ただし、さぶい!!!です。
橿原神宮前駅から飛鳥坐神社は、3キロほど。
30分ぐらいの平坦な道のりではありますが、汗をかくと、かなり冷えます。
歩く時は薄着で、神社については、何か暖かいものを羽織る必要があります。
 
「そんなさぶいのいやだ!」
という方は、バスや自家用車で現地集合というのでもいいと思います。
(でも、場所取りのためと、祭り参加のために、さぶい中4時間ほど立ちん坊ということは、変わりないですけどね(^^ゞ)
また、「宴会だけ出たい!」とおっしゃる方も受け付けます。
 
参加希望の方がいらっしゃいましたら、ご連絡くださいませm(__)m
  • しばらく 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月15日 19時23分

    あげときます(~_~)
  • 参加しまーす! 投稿者:セラフィム 投稿日:12月15日 20時42分

     セラフィムは参加します!で、私の友人である無口なミルフィオリは、仕事の可能性が大だそうです。彼の参加の有無は、後日メールさせます。それでは、宜しくお願い致します。
  • お気遣い上げ 投稿者:日雲ん 投稿日:12月16日 03時55分

    >2月1日(日)晴れ ←ちょっとオモロかった(w
  • セラフィム様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月16日 19時07分

    参加表明ありがとうございます(#^.^#)
    楽しみです!
  • ひくもん 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月16日 19時08分

    お気遣いども〜。
    飛鳥坐神社でもし曇ってたらねぇ、多分、雪が降るねん。
    さぶいで〜。
  • お(゚.゚) 投稿者:こたつ城主 投稿日:12月16日 20時07分

    気付かなかった。よいしょ。
  • こたつ様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月17日 15時27分

    「持ち上げ」ありがとうございま〜す(#^.^#)
  • も一回 投稿者:こたつ城主 投稿日:12月17日 19時35分

    よいしょっ(笑)。
  • もういっちょう 投稿者:北畠具顕 投稿日:12月17日 21時01分

    あ、一番上やった(笑)
  • 上げますね。 投稿者:セラフィム 投稿日:12月17日 21時36分

    (* ̄ノ ̄)/Ωチーン (* ̄− ̄)人 i~ 合掌
  • とりあえず 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月18日 16時26分

    1週間はあげときま〜す。
    みなさんご協力多謝です!
  • 旅費が確保出来たら 投稿者:那青 投稿日:12月18日 17時38分

    行きたいage  
  • 上げます。 投稿者:セラフィム 投稿日:12月18日 21時44分

     先日、某山に登った時の話です。元々、イメージの悪い山なんですがね、山頂のお寺でお経を唱えていたら、背筋がスーッと寒気を感じました。まぁ、いいやぁ、と下山して。麓の神社で九字を解いたんですね。そしたら、急に吐き気がして、気分が悪くなりました。今週末、師匠に会いますので、その辺りを聞いてみます。(オフ会に何の関係も無し・笑。)
  • 天ぷらっ 投稿者:こたつ城主 投稿日:12月18日 21時58分

    ↑は揚げる。
  • とりあえず 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月19日 15時25分

    今日までは、あげときます。
     
    那青様
    都合がつけば、是非是非参加してください。
    お祭は、本当に楽しいですよ(#^.^#)
     
    セラフィム様
    そういうこともあるんですね・・・。
    私は、どんな場所でもじぇんじぇん平気っす(T_T)
    鈍感すぎ?
  • 上げますね。  投稿者:QUBO 投稿日:12月19日 19時04分

    油揚げ
  • ドーナツッ! 投稿者:こたつ城主 投稿日:12月19日 20時06分

    ↑も揚げるよっ(^O^)!
  • 凧 投稿者:北畠具顕 投稿日:12月19日 21時14分

    是も上げる。
  • 上がる、と言えばすごろくも 投稿者:Naomi 投稿日:12月20日 00時03分

    ということで、スレ上げ兼参加表明だす(^^;
    多分、あいかわらずの2個一、かな(笑)
  •  投稿者:ひっくん 投稿日:12月20日 04時54分

    あーげ
  • あやや 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月20日 18時55分

    う、いつの間にやら、
    「あげる」
    もの探しになっとる。
     
    そんじゃ私も・・・。
    う〜〜〜ん。
    二日酔いで・・・・・( -_-)=○☆( >_<)
    (これって、もしかして、大阪弁?)
     
    Naomiさん、参加表明ありがとうございます(#^.^#)
    旦那もだだ様とお会いするの楽しみにしとります!(^^)!
  • 大阪弁かは知らんけど 投稿者:ひっくんくん 投稿日:12月20日 21時28分

    これは『胃から』ってことかね? UP?
  • 上げます。 投稿者:セラフィム 投稿日:12月20日 22時11分

     今日、京都へ法衣を買いに行って来ましたー。ついにゲット!でも、おデブな私の法衣は特注となりました(;^_^A アセアセ。法衣を纏うのは来年だそうです。うーん、待ち遠しい!師僧の護摩供で法衣の開眼供養式にして下さるそうです(有り難いです。)
     お山の霊気っぽい話の件。心配なさそうです。師僧に相談した所、「大丈夫」とのご返事でした。どーしても気になるなら、御真言を唱えなさい、との指導でした。
     
  •  投稿者:北畠具顕 投稿日:12月20日 22時17分

    >二日酔いで・・・・・( -_-)=○☆( >_<)
    (これって、もしかして、大阪弁?)
    私は全国的だと信じて疑わないのだが。三重は言いますよ。
  • あげあげ 投稿者:あかがね 投稿日:12月20日 23時26分

    南河内人ですがあげるってのはあんまし使わなかったですね。
    でも親が使ってたんで意味は分かるんですが。
    私としてはむしろ「戻す」。これまた方言でしょうか?
     
    オフはですね。
    妻を質に入れてでも…ではなくて、仕事をほったらかしてでも参加したいと思ってます。
  • あっぷあっぷ 投稿者:こたつ城主 投稿日:12月21日 00時31分

    ↑溺れた時っ(TOT)。
  • そろそろ 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月21日 17時21分

    下げに入りま〜す。
     
    ひっくんこたつ様他、皆様ご協力ありがとございました〜。
     
    で、
    >セラフィム様
    「大丈夫」ってことでよかった(#^.^#)
    でも、無理はなさいませんようにね!
     
    >具顕殿
    全国的ですか。
    最近、どれが標準語でどれが大阪弁だかわからんす。
     
    >あかがね様
    仕事を質にでも!
    心強い(#^.^#)
    ありがとうございます。
    しかし、仕事ならば、質流れになっちゃってもいいような気がしてしまう私は怠け者でしょうか・・・。

 

新スレ 美味い肉 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月19日 15時30分

こたつ様
「常識」
面白いですよね!!
騙された僧も、「間抜け」という書かれ方はしてなくて、どちらかというと、
「無邪気で疑うことを知らない」
というふうに、好意的に描かれてました。
 
徳の高いお坊さんですが・・・。
やはり、
「珍味」
なのではないかと(爆!!!!!)
 
仏様の功徳を信じている僧には、
「仏様が護ってくださる」
と、山での生活は恐ろしくないでしょうし、
そうでない僧には、
「わしゃ、徳が高くないから美味くないも〜ん」
と開き直らせる。
 
いや〜、うまくできてます???

 

新スレ あの世は上か下か 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月19日 15時28分

セラフィム様
 
仏教では33年なんですね〜。
これまた神社で神職さんに伺った話ですが、神道では、神社によって、「神上がる」までの期間がまちまちだそうです。
7年のところがあったり、13年のところがあったり。
 
仏教より神道の方が早く、穏やかになるみたいですね(#^.^#)
  • こたつ様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月19日 15時29分

    確かに天には触れられませんよね(笑)
     
    五行でも「克する」がまず認識されたんですね。
    やはり、「まず悪いものを取り去ってから、良いものを取り入れよう」という感覚なんでしょうか。
    まさに、「悪縁を切ってから、良縁を結ぶ」の感覚ですね。
     
    「タイタニック」については、確か4時間たらかかります。
    時間を確保してから見てくださいね(#^.^#)

 

新スレ そして誰も○○○なった 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月16日 19時05分

・・・わけわからんスレ名になってしまった(T_T)
 
>那青様
鹿島神宮の御朱印に、北斗七星ですか。
 
大阪のある神社の宮司さんが、「北向きの本殿」を探しておられたので私も探したことがあるのですが、数えて見ると本当に少ないんですよね。
 
鹿島神宮の場合は、東北地方の豪族に向かって建てられたので、北を向いているという話を聞いたことがありますが、実際は、「北斗七星」とも絡んでるのかもしれないですね。
面白いです。
 
ご朱印帳に関しては、自分が集めてないのでわからないのですが、
ご朱印マニアのあかがねさんや、セラフィムさんは、どうしてるでしょう?
見てたら、教えてくださ〜〜〜い。
  • 日雲ん 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月16日 19時06分

    タケハヅチってどこの神様なのかしら?
    山陰にもタケハヅチの神様はたくさんおられる、と以前言ってたよね?
    関西にも、勿論、あちこちにあるし。
     
    オリオンの三ツ星と、三兄弟について。
    オリオンって秋〜冬しか見えないってのが痛いのかも・・・とか思う。
     
    もし、オリオンが三筒男神ならば、その神々が先導した神功皇后の西征は、秋から冬だと往古の人は考えてたということかしら、などとも。
     
    でも、住吉さんは、星絡みがまだまだなんかありそうだ。
  • お初です! 投稿者:タマモ 投稿日:12月16日 23時06分

    のりちゃん、常連の皆様 初めまして。
     
    先月、大甕神社へ行って参りました。
    宿魂石は中々迫力ありましたよ。
    金砂神社の大田楽で潤ったのか、新社殿を施工中でした。
    そういえば、金砂の御神体は岩(石)って話ですぜ。
     
    >のりちゃん
    当方、年に一度は奈良or京都へ出掛けてます。
    特に桜井周辺は大好きです。
    今年のGWは念願の橿原も行きました。
    藤原京跡に寄って地べたに寝転がり、とても気持ち良かった。
    あぁオフ行きたいなぁ。
     
    >QUBOさん
    自分、勝田台〜ちょっと入った佐倉市内在住です。
    ご近所っすねぇw
     
    >御朱印
    もちろんOK
  • タマモ 様 投稿者:QUBO 投稿日:12月16日 23時30分

    お初です。勝田台の先、ユーカリヶ丘あたりかな?
    ローカル話題で皆様には恐縮。
     
    江戸時代「佐倉宗吾郎」と言う人物がいました。
    村の窮乏を直訴して、家族皆殺しにされました。
    義民として「宗吾霊堂」に祀られています。
    その「宗吾霊堂」で、厄除けの祈祷をすると
    新聞広告が出ていました。
    どんなご利益何かな〜と、独り言をつぶやきました。
  • QUBOさん 投稿者:タマモ 投稿日:12月17日 01時46分

    いやぁ非常に近いw 因みに日曜に大和田へ行きましたよ。
     
    庶民のヒーロー宗吾郎。
    処刑を命じた、当時の佐倉藩士「堀田氏」は祟りを恐れ
    宗吾霊堂を建立しました。
    最近ではマラソンのQちゃんがレース前に願掛けするので
    有名になったかな?
    宗吾霊堂〜ちょっと行くと
    「麻賀多神社」があり(ここもコアな所ですが)
    また麻賀多〜少し歩くと「宗吾郎邸居住地跡」の史跡があります。
     
    あと佐倉には「将門山」という地名があり、桔梗の墓や
    将門神社もあって、鳥居には寄贈したのか「堀田」の字が
    見れたような覚えがあります。
    確か、堀田氏というのは千葉氏から派生し、
    千葉氏は将門の流れを汲んでいた気が?
     
    千葉神社へ行った時、たまげたのが
    本殿が二階建て構造なんですよ!
    …色んな神社を訪ねましたが、初体験w
     
    千葉氏?千葉神社?の家紋が『月と星』なんです。
    主祭神は『天之御中主=妙見』で
    北極星の象徴としてます。
     
    あぁ良かった、また星と繋がりましたよ?w
  • タマモ様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月17日 15時26分

    あらためて、初めまして!
    もしかして、9本の尾っぽを持った狐さんですか(笑)??
     
    金砂神社の大祭、参列されたんですか?
    あれは、一度参列したい・・・と思ってたんですが、次は72年後だもんなぁ(^^ゞ
    御神体が岩・・・。
    カガセオ神の変じた岩は3〜4つに砕け散ったという話ですが・・・。
    金砂神社の御祭神は、大己貴命なんですよね・・・。
    いや、だからどうってことないんですが(^^ゞ
     
    奈良と京都は、どちらも「古都」ですが、かなり雰囲気が違いませんか?
    交通の便。
    物価。
    などなどで(笑)
     
    オフは、直前に参加でもOKですんで、もし都合がつけば参加してください。
    飛鳥坐神社の御田祭りは、天下の奇祭ですので(#^.^#)
     
    千葉神社が2階建てってのも面白いですね。
    千葉氏と妙見信仰については、何度か話題に上ったんですが、
    もしかしたら、興味を惹かれられるかなぁ?と思う話題が↓に
    http://www.norichan.jp/bbs/new/bbs321-340.htm
    「またまたまた(笑)」
    というスレッドです。
     
    関東では、将門公は、重要な人物ですよね〜。
  • QUBO様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月17日 15時27分

    非業の死を遂げて祟った人物って結構いますが、そのご利益は様々ですよね。
     
    将門公は商売。
    菅公は学問。
     
    佐倉宗吾郎氏は、Qちゃんが祈願するくらいだから、スポーツ??
    なんでしょね?
     
    村の窮乏のために自分を犠牲にした人物ってことならば、霊験はかなりあらたかな感じがしますね(#^.^#)
  • う〜〜〜〜〜ん 投稿者:日雲ん 投稿日:12月17日 15時31分

    >実際は、「北斗七星」とも絡んでるのかもしれないですね。
    前にチラッと気になりながらも、放置しといたん……。
    突っ込むと、牽強付会にハマるかと思って。
    当たり直さんといかんかねえ。
     
    >タケハヅチってどこの神様なのかしら?
    何処……ってことはないんじゃないかな。
    氏族とか職能に結びつく神様だから、
    タケハヅチを奉ずる人達がどの辺に多いかってだけで。
    「カカセオを討ったタケハヅチ」って文脈に限ってなら、
    実在したなら、やっぱ常陸界隈じゃないかとは思うけど。
     
    >住吉さんは、星絡みがまだまだなんかありそうだ。
    うん。三筒男≠オリオン三つ星だったとしても、
    それで住吉と星の関わりが否定できるかっていったら、
    そんな単純なものではなさそうよね。
  • 一応千葉県人なので 投稿者:こたつ城主 投稿日:12月17日 19時21分

    私もちょっとご挨拶だけしに来ました(^^ゞ。
     
    カカセオまでメイドイン千葉っっ!!(笑)。
     
    これはその……相馬氏あたりが持ってった伝承が発端、
    という事は無いのかな?
    (相馬も千葉も将門系という事にはなってます)
  • すみません・・・ 投稿者:セラフィム 投稿日:12月17日 21時29分

     鹿島神宮へいったことないんですよー。だから、御朱印がなくて・・・。(;^_^A アセアセ。ちなみに住吉大社は、「住吉大神」としか書かれていませんねぇ。ハンコも普通のハンコでした。
     余談ですが、大概の神社仏閣は、「北背南面」と言いまして、南向きに立てられていますね。これは、風水の四神相応と関連があるようです。西国観音巡礼の三十三番札所の谷汲山華厳寺は正に風水に基づいていました。鬼門には不動堂と地蔵堂を建立しておりましたし、青龍の東には小川を通しておりました。
  • 日雲ん 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月18日 16時23分

    あ、当たり直すてのなら、北向きの神社見つけたらまた連絡するよ〜。
    どんどんするよ〜。
    旦那曰く、天武天皇が何度も何度も祭をした、
    「廣田神社」
    も、北向きの社殿だったとか。
     
    さて、
    タケハヅチ=倭文神ではない、という考え方はないのかな?例えば。
    もしかしたら、どこかでいっしょくたになっちゃた、とか。
     
    としたら、西日本でなんらかの理由で人気のある倭文神が、東日本で「智恵も勇気もあるタケハヅチ命」とごっちゃになったのかも。
    としたら、奈良では、倭文神が、「人身御供」に絡んで語られるのは、どこかで倭文神が、人身御供を辞めさせて、それが原因で人気のある神様だった・・・とかさ。
    想像は広がってとりとめなくなるけども(^^ゞ
     
    住吉大社の星に関しては、(古代の)大阪湾一帯の「三筒男神」と、星・・・って目を広げると・・・気が遠くなるなぁ〜〜(~_~)
  • こたつ様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月18日 16時23分

    房総半島はなかなか濃そうです(笑)
    忌部氏の「阿波」も、何気に気になってるんですよ〜。
    織物と来たら、カガセオを討ったタケハヅチは織物の神様ですから。
  • セラフィム様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月18日 16時24分

    太陽信仰に関係有る神社は、東向きの場合も結構あります。
    関西は、結構東向きが多いかも。
     
    南面する・・・って、中国の皇帝か何かでそういう伝説の人物がおられましたよね?
     
    関係ないかしらん。
  • のりこさん 投稿者:日雲ん 投稿日:12月18日 16時57分

    >タケハヅチ=倭文神ではない
    これは本来無関係だったが、後世のいずれかの時点で同一視された、
    ってこと?
    どうだろ……なかったとは言い切れんかも知れんけど、
    特にそう考えんとスジが通りにくいというような気もせんが。
     
    いや、勿論、カカセオ服せしめた人物「タケハヅチ」と、
    (これまた勿論、そういう史実があったと仮定してだけど)
    倭文氏(部)の祖「アメノハヅチ」は別人ってことはあるよ?
    「アメノハヅチ」を祖とした倭文部の一派が東国にいて、
    ある時にその長がカカセオを服せしめて、
    その事跡が彼らの祖の名で語られた、って風なことは。
    で、そこから「タケハヅチ」って名称にもなったとかさ。
    倭文部って、要するに
    「柄入りの布を織る技術を持った集団」
    ってことなんだろうから、別にどこにいたっておかしくないし。
     
    >奈良では、倭文神が、「人身御供」に絡んで語られるのは、どこかで倭文神が、人身御供を辞めさせて、それが原因で人気のある神様だった・・・とかさ。
    美作の方では、倭文神社とシャクシ宮が
    「上社」「下社」って対になるように並んで祭られてる。
    「人身御供を辞めさせた」って伝承を持っていたスジと、
    倭文系はかなり近い関係にあったのではないか、
    っていう可能性はワシも気にかけてるよ。
    両方とも「星」と接点持ってるし。
  • こたつ様 投稿者:日雲ん 投稿日:12月18日 17時03分

    >これはその……相馬氏あたりが持ってった伝承が発端、
    という事は無いのかな?
    カカセオの話が、ってことですか?
    であれば、それはあり得ないと言い切りたいくらい、
    非常に考えにくいです。
  • 一応確認 投稿者:那青 投稿日:12月18日 17時34分

    天津甕星って金星ですよね?
     
    範囲を広げていくと(色んな意味で)ヤバイ事になりますが、
    この辺の話って、
    天地大戦の辺りのルシフェルVSミカエルの話にも繋がって来る感じがしますよね。
     
    千葉がオリジナルの話ですかね(笑)
    ……神話の類似性と言われれば、それまでですが。
  •  投稿者:こたつ城主 投稿日:12月18日 21時28分

    >カカセオの話が、ってことですか?
     
    カカセオが外房から来たって話です。
  • 那青様 投稿者:日雲ん 投稿日:12月18日 23時24分

    >天津甕星って金星ですよね?
    何の星かを特定するのは難しいような気がしますが……。
    「カカ−セオ」と分解し、「カカ=輝く」として、
    「輝いてるんだから金星ではないか」といった風な説や、
    或いは栃木、茨城、福島、千葉に分布する星宮が、ある時期から虚空蔵信仰として広まったことから、金星と見る人もあるかも知れませんが、これらでは決め手とはし難いでしょうし。
    (何か別の有力なネタでもあれば別ですが、寡聞にして知りません……)
  • こたつ様 投稿者:日雲ん 投稿日:12月18日 23時27分

    えっ? というと……?
    >相馬氏あたりが持ってった伝承
    例えば、どういう伝承が考えられるっていうことですか?
  • 漏れ 投稿者:日雲ん 投稿日:12月18日 23時35分

    女将>どんどんするよ〜。
    うう、ありがと。
    でも、聞いたこと忘れても怒んないでね?
    いやー、行った事ないとこだと、忘れるじゃん?
    廣田神社と言われても、名を聞いた憶えはあるものの、にわかに何処にあるとも解らず。
    そこが北向きなのに関しては、天武の北天信仰のためって見といていいのかね?
  • マルチレス 投稿者:那青 投稿日:12月19日 12時01分

    >タマモ様 セラフィム様
    御朱印の件、どうもです。
    前スレの最後に書いた話なので、紛らわしくて御免なさい。
     
    >日雲ん様
    金星以外にもいくつか候補を考えてみましたが、
    退治されたと仮定したらもう存在しない星かも知れませんものね。
    ついでに言及すると、星と関連して来る逸話も特に残されていないですよね?
     
    ……土佐の方を調べてみても出て来ないんだろうなと半ば独り言。
  • カカセオ新仮説 投稿者:那青 投稿日:12月19日 12時19分

    とりあえず、カカセオと星の関係は保留にしておいて、
    カカセオ=地震説を唱えてみます。
     
    ご存知だと思いますが、
    筑波山手前、茨城県南部〜千葉県北部は、
    フィリピン海プレートの沈み込んだ先がスラブ化して、
    地震の巣窟になっています。
     
    で、鹿島神(と云うか要石)が地震を鎮めていると云うのは、有名ですが、
    あの要石を大地に打ち込んだのが、
    建葉「槌」命と云う説はどうでしょう。
     
    ……さすがに苦しいですが、
    現在の祭神、建甕槌大神にしても「槌」と云う字が入っているのが、
    興味深いポイントだと思います。

 

「夜刀神社」 投稿者:こたつ城主 投稿日:12月15日 19時44分

↑拝見しましたー☆ミ
 
これ、面白いです〜〜(^O^)!
やっぱ私が関東人だからなのかな?(笑)
何か話がすごく自分に馴染んで感じるんですけど(^^ゞ。
 
それで、前の話にもちょっと出た「邪視」の話。
こたつは読んだ途端に、又ぞろ「リング」を想像しました(^^;)。
何か「椎井の池」の写真が、何となく井戸を連想するから
なんですが、やっぱ睨まれただけで……という点が、
超能力って感じがしてしまって。。
 
超能力の一族が山においやられて、復讐を誓いながら時が
過ぎて行く、なんて……ちょっと「スターレッド」にも
近い感じがして、そゆいろんな要素が面白く思わせたの
かもしれません。
 
ただ、のりちゃんの言う通り、ホントは自分から引っ越し
ただけなのかな? 山なんて住み難いって感じがするんで
追い出された臭い気がしたんだけど、山に入ったら、追わ
ないという話は、時代的なことはちょっと判らないけど
(恐らく鎌倉〜室町ごろかと)、山に逃げ込んだ人は
「死んだ」とか見なしちゃって、それ以上追及しなくて
良いという習慣は聞いた事があります。一種の縁切り境界
だったという考えですね。
  • こたつ様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月16日 18時59分

    夜刀神って、最初話を聞いた時、「バジリスクやん」と思ったんですよ。
    バジリスクってのは、プリニウスの「博物誌」に出てくる蛇なんですが、これは、頭に角ではなく王冠が載ってるんですね。
    で、吐く息がかかっても、それを見ても死ぬ、と。
     
    蛇にそういう力がある、と、東でも西でも信じられたというのがすごく面白い気がしますよね。
     
    でも、この「夜刀神」が、人間を化け物(神)に見立てたものだとしたら、確かに、貞子みたいな超能力者を思い出してしまいますね。
     
    椎の木の上からどかなかったというのも、「天から降りてきた超能力者」という雰囲気があるかも。
     
    山の上に逃げたものは、「死んだ」と見なすという話は面白いです。
     
    「駆け込み寺」と同じですね(笑)
    しかし、山の中が、「異界」という話は聞きます。
    今でも、山の中は、「何が起こるかわからない」という意味で、「異界」の面目は保ってますよね(#^.^#)
  • プリニウスの「博物誌」 投稿者:こたつ城主 投稿日:12月16日 20時03分

    ↑とはいつ頃のものかしら(゚.゚)。。
    でも、一角竜って私も絵で見たことがあります。
    「山海経」(中国の妖怪事典)にもあったような……。
     
    母が子供の頃、よくカエルが蛇に飲み込まれそうになって
    るのを見て、蛇を追い返してカエルを助けてあげたんだけど、
    まさに「蛇に睨まれた蛙」そのもので、固まってビクとも
    動かなかったと言ってました(笑)。
     
    山はこれほど文明の進んだ現代でも、遭難者が出ると、
    その探索にはホント苦労しますから、遭難といった「自分
    は助かりたいから、応答に答える」人ではない、「追われ
    ている人」になると、探す方の苦労は凄かったんだと思い
    ます(^_^;)。
     
    「草の根を分けても探し出せぇ〜!」
    「あ〜、山に逃げ込んじゃったんで無理っす」
    「それでも探せ探せ〜!」
    「ちっ、無理だって言ってんのに……」
     
    こうして皆が出家して山に逃げ戻って来なくなりました。
     
    つまり寺への「駆け込み」という行為の方がむしろ後で、
    昔は山に逃げ込んだんでしょうね(^_^;)。で、山に唯一
    ある施設(?)が寺だったりして、そこに僧兵が集まって
    (逃げ込んできた人を吸収して勢力を作って)、やがて
    山は「城」という戦闘要塞になり、最後には信長が「キレ」
    て(笑)、ドカ〜ンと燃やしたりしたんだけど、何しろ
    「寺」は人を収容する施設になったのではないかと。
  • 博物誌 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月17日 15時23分

    プリニウスはローマ帝国の役人だったと思います。
    うろ覚えなので、検索してみると
    http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Desert/6012/plinius.html
    1世紀の人ですね。
     
    澁澤龍彦が「私のプリニウス」という本を出してるんで、私はそれを読んだんです。
     
    で、蛙と蛇、ときたら、なめくじですよね(#^.^#)
    そういえば、昔、なぜ、蛇はなめくじを怖がるのか・・・ということについて、こたつさんに調べてもらったことがありましたね(#^.^#)
     
    懐かしいっす。
     
    山といっても、昔は、道もなく、探索は本当に大変だったでしょうね。
     
    子供がいなくなると「神かくし」と言ったようですが、そのほとんどが、山に迷い込んだのかも。
     
    「天狗に攫われた少年」なんて話がありますが、これも、山で迷った少年が、山で生活する人と共に暮したことを、「天狗と一緒に暮した」と表現したのかもしれないですね・・・。
     
    としたら、「山寺」は、「天狗だらけの寺」ということに(^^ゞ
    そりゃ、強いわ(笑)
  • ジャンケンの話 投稿者:こたつ城主 投稿日:12月17日 19時06分

    ↑でしたよね(笑)。>蛇と蛙とナメクジ
    http://homepage2.nifty.com/osiete/seito332.htm
     
    こないだ衛生だったかNHKで大山の話をやってたんですが、
    あれも矢を射たら、仏像に刺さってしまったので、
    罪を償うために大山に地蔵堂を作って修行した人が始まり
    なんですって。
    何となくこれも、「仏教に帰依」に至る背景が、「誰かを
    追い掛けて山に入ったが、捕まえ切れなかったので、
    山から下りて行けなくなった」って感じのする話です(笑)。
     
    大山って山は、特に一時期は僧兵がたくさん籠って、多い
    に修行(武装とも言う:笑)された山で、荒行の岩だの、
    力石だのといった「修行の証拠」みたいな天然の岩が
    たくさん渓流のそばにあります。
     
    きっと「天狗」ってのも、山に入って死んだ事になってる
    人やその子孫とかが、実は元気に暮らしてるのが判ったり
    して、「いやっ、あれは人間じゃないから」とか「あんな
    に長く住んだら天狗になっただろう」とか言って、面倒を
    避けたのかもしれませんね(笑)。
    (いかにも役人とかが言いそうな理屈って気がする:笑)
  • あ、それで 投稿者:こたつ城主 投稿日:12月17日 19時22分

    甲信越&関東あたりでは、寺には必ず「〇〇山」と本堂に
    書かれてるんですが、これって全国的ですかね?
  • こたつ様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月18日 16時18分

    「山」というのに注目すると面白いかもしれないですね。
     
    八雲が「常識(原題は、common sense)」という短編を書いてますよね。
    確かこれも、原典は「今昔」だったと思いますが。
     
    愛宕山に、すばらしい上人が住んでいた。
    麓の人々が食べ物を運んだので、山の中でも僧は生活していくことができたのである。
    いつの頃からか、その上人の庵には普賢菩薩が現れるようになった。
    上人は皆に愛されていたので、
    「上人の徳のおかげだ」
    と誰もがありがたがった。
    しかし、一人だけ。
    麓の猟師だけが首をかしげた。
    「普賢菩薩が上人様にだけ見えるのなら話もわかる。しかし殺生を生業としている私にも普賢菩薩が見えるというのはおかしい」
    果たして、猟師が普賢菩薩に矢を射ると、絶叫と共に菩薩の姿は消えた。
    朝になってその場所を見てみると、大狸の死骸があった。
     
    これなんかも、「山の中の話」だからこそ現実感があったんじゃないかな?と思うんですよ。
     
    この上人が里に住んでたら、そもそも狸は現れなかっただろうし。
     
    徳の高い上人の肉はおいしいといいますし(西遊記)、化け物が多い山で僧が修行をするってのは、
    「鴨がねぎしょって」状態ですね(笑)
     
    で、「○○山」が本堂に書かれているかどうかは、今まで意識したことはないです。
    でも、お寺には、山号ってのがつくみたいですから、書いてたかも??
    すいません、ちょっとはっきりしないです(^^ゞ
  • 「常識」 投稿者:こたつ城主 投稿日:12月18日 21時57分

    ↑は、高僧にも見抜けない真実が、意外や猟師の「変だ」
    という感覚によって見抜けたという、すごく面白い話
    ですよね(笑)。
     
    ところで、徳の高い上人さまはお肉が美味しい、ってのは
    西遊記でしたっけ。これもいつからこういう事になった
    んでしょうね(笑)。
     
    のりちゃんの言う通り、これと辻褄あわせると、開山の
    理由としてよく言われる「仏道に目覚めた開祖が」って
    のは、かなり無謀ですよね(笑)。いつ頃からか仏徳が
    全てを解決してくれるノリになっちゃって、何となく
    これを僧も人々も信じておったんでしょうな(笑)。
     
    神風が吹いたんだそうな、とかいうのと同じように。

 

新スレ 縁切りと祟り 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月14日 18時42分

こたつ様
火葬って、結構な設備が必要ですもんね。
確かに、日本神話では、死後、「黄泉の国」へ行くとなっています。
「天」ではなく、「地下」ですね。
 
「神上がる」という表現は、記紀には出てこないかも・・・。
ここらへん勉強不足ですが(^^ゞ
 
「神上がる」という表現を見たのは、「旧事本紀」でした。
ニギハヤヒについて、です。
 
もしかしたら、死後天に上がるという感覚は、物部(旧事本紀)特有のものだったのかも???
 
長生きすると「神」になるというのは、道教・・そういえば、「仙人」という発想もありますものね。
 
どうだろう、道教輸入以前の日本神話に、「長生きして神」になる話ってあるかしらん。
 
「長生きして神になった」
ということですぐ思い出すのは、「ものぐさ太郎」です(笑)
この人物は、「お多賀さん」になったと、おとぎ草子ではされてます。
 
「ものぐさ」で「長生き」って・・・そのまんまな気もしますけどねぇ(^^ゞ
  • セラフィム様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月14日 18時43分

    「愛人との縁切り」
    を祈るのは、本人でしょうか、それとも、その配偶者?
     
    もし、配偶者の祈願だとしたら、自分の夫や妻に「愛人」がいることを知りつつも、離婚せずに、夫や妻が自分のところへ帰ってくることを祈る人が多い、ということになるんでしょうね。
     
    なんか、切ない話だなぁ・・・。
  • 具顕殿 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月14日 18時43分

    崇徳上皇については、「不遇」の話がいくつか残ってるみたいですね。
    なんにしても、悪いのは崇徳上皇自身じゃなく、両親(?)の白河法皇は璋子だと思う・・・(^^ゞ
  • なるほど!!!! 投稿者:こたつ城主 投稿日:12月15日 06時27分

    ↑「神上がり」の初陣は「ニギハヤヒ」でしたか!!
    何となく神佛両派の「当時の」対立点がちょっと匂って
    来たような気も……?(笑)
     
    つまり、この時代(蘇我×物部)までは神上がるまでの
    過程で「悶着」は無かったのではないでしょうか?(笑)
    神上がる「利益誘導」における「独占的地位」に派閥争い
    が生まれたら……これは「大問題」ですよねぇ(^。^)<ウフッ♪
     
    であれば、戦をする上で、これほど「決定的根拠」など、
    他に見出しようがない気が……?(笑)
    (「大義名分」では「大問題」なので、当然証拠は残ら
    ないでしょうし?:笑)
     
    >供養のために書いた血入りの経文も「だめ」なんていわれたら、
     
    貧血になりそうな逸話だと思いました(汗)。
  • こたつ様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月15日 17時07分

    「神上がる」についての悶着ですね?
    どうでしょう。
    でも、人にとって、死後の世界観はとても重要でしょうし、その点でもめたことはあったかもしれないですね。
     
    ただ、「ニギハヤヒ」について詳しい、「旧事紀」が、いつの時代に成立したのか、ということも問題になってくると思います。
     
    日本書紀が編纂された後のものだとしたら、物部氏の「記紀の神話観と違う点」をことさらに強調したのかもしれないし。
     
    というのは、曽我対物部の構図こそを、私は結構疑ってるんですよね。
    実は協力関係にあったんじゃないか、とか。
     
    確かに、守屋公が、仏像を焼いた話は出てきますけど、それが本当のことかどうか。
     
    なにより、この二氏は、共に、記紀編纂時までに、滅んでる・・・ということになってますよね。
    としたら、辻褄を合わせるために、都合よく情報を改ざんしようとしたら、この二氏の事実を捻じ曲げるのがてっとり早かないか?と。
     
    でも、こうやって、考えると、「神上がる」という発想について、も少しこだわってみたくなってきました。
    今まで、考えたこともなかったです(^^ゞ
  • 旧事紀は 投稿者:こたつ城主 投稿日:12月15日 19時32分

    ↑日本書紀より後の可能性もあるんですね。な〜んだ。
    じゃダメじゃ〜〜〜ん(TOT)。。。
     
    蘇我馬子の妻が物部氏の出ってのまでは揉める前だから
    アリとしても、蝦夷の妻(入鹿の母)まで物部の出って
    トコが、「ホントに揉めてたんかいな」って感じがします
    よね(笑)。
     
    やっぱり藤原氏が二氏まとめて片付けたのかな(笑)。
     
    ところで前スレ中で話した、仏教が日本に合ってたという
    話の続報で、ちょうど八雲の本にそれっぽい記述が出て
    来ました(^^)。
     
    すなわち……「日本は衣類も家屋もすぐに滅びる材質を
    使用する」。これは西洋の石作りの家や、宝石とかで作る
    冠なんかの事を指すのではないかと。
     
    特に八雲は西洋の「靴」に非常に「怨み」を持っていて(笑)、
    これは一雄氏(八雲の子)の証言で、何故か判ったのです
    が、子供の頃に履かされた靴のせいで指が変形してしまっ
    たからだそうです。
     
    当然この発想から、草鞋なんかも誉めていて、その理由も
    「幾らでも取り替えられるし、自由度が高いから」ですが、
    何しろこうした「変転を受け入れる(永続性を望まない)
    感性」を、遊牧民族を先祖とする所に原因を求めていました。
     
    で、しみじみ考えてみたら、中国でも遊牧民族が入り込
    んで国を作ると、そこでは仏教が隆盛になるんですよ。
    ちょっと、なるほどな〜、と思いました。
  • こんばんは 投稿者:セラフィム 投稿日:12月15日 20時29分

     のりちゃんさん、こんばんは。そうですね。愛人の縁切りを願う健気な妻(夫)のパターンだそうです。ちと切ないです。
     で、その謂れになった原因は、ご本尊様が「首なし」だそうで、そこから「縁が切れる」という運びになったようです。
  • セラフィム様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月16日 18時57分

    「首なし」のご本尊ですか。
    その首は最初からなかったんでしょうか?
    それとも何かの原因で落ちてしまったのでしょうか?
    どちらにしても、なぜ?
     
    何か、意味が深そうですね。
     
    縁切りについては、人には人それぞれのドラマがあるんだなぁ、と、ただ、そう感じますね。
    実のとこ、私も結婚するまで、自分がこんなまともな結婚生活するとは思ってませんでした(笑)
  • こたつ様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月16日 18時58分

    藤原氏ってのも、ある意味、ぽっと出てきて、いつの間にか、頂上に上り詰めたという印象がある氏みたいなんですよね。
    藤原氏を名乗る前は、「中臣氏」だったわけですけど、「中臣氏」という氏は、それまで表に出てこないですもんね。
    そんなわけで、中臣氏は、実は蘇我氏だとか、物部氏だとか、そんな説も、実はあったりするみたいです(^^ゞ
     
    八雲のいう「すぐ滅びる材質」ってのは何か、心に染みる表現ですね。
    ただ、家屋に関しては、この「すぐ滅びる材質」に、八雲は悩まされたわけですが(笑)
     
    でも、確かに、靴と草履では、草履の方が健康によさそうだと思います。
    靴は、足を変形させる(外反母趾とか)というのもありますが、何より、蒸れます(^^ゞ
    一日革靴で過ごした後、はだしになったら・・・すごい時あります(~_~)臭いが。
     
    遊牧民族と変化というのは、確かにそうかもしれないですね。
    「定着」しないことに慣れている民族ならば、いろんなものを受け入れられそうです。
  • 中臣 投稿者:こたつ城主 投稿日:12月16日 19時49分

    ↑よく考えたら、これって名前と言えますかね?(笑)
    まあ多かれ少なかれ、今日の姓に繋がる名前って、何らか
    官職名とか土地名から出たんでしょうけど、それにしても
    大雑把すぎませんか(^^;)?
     
    大臣ほどじゃないけど、まあその下ぐらい、もっと
    言っちゃうと「大臣いがいのその他モロモロ」ぐらいに
    感じるのですが(^^;)。。
     
    >「すぐ滅びる材質」に、八雲は悩まされたわけですが
     
    私も「西洋の無駄な浪費を賢明な日本人は決してしない」
    と誇らしげに言ってるのを読んで、「あれ? 寒いって
    文句言ってなかったっけ(^^;)?」……と(笑)。
     
    きっとボンヤリとしか捉えてなかった和服についても、
    結婚してから細かい種類や使い方を覚えて、自分でも
    「風邪までひいて損した」と思ったんでしょうね(笑)。
     
    で、日本人の特に健脚について非常に誉めてます。
    あと粗食で保てる強靭な体力についても。身軽な旅をする
    点についても。八雲自身が生涯旅人のような人だったから
    でしょうけどね。
  • 日曜日にTVで 投稿者:タマモ 投稿日:12月17日 00時57分

    >というのは、曽我対物部の構図こそを、私は結構疑ってるんですよね。
    実は協力関係にあったんじゃないか、とか。
     
    >確かに、守屋公が、仏像を焼いた話は出てきますけど、それが本当のことかどうか。
     

    唐招提寺・金堂〜創建の謎
    という番組がやっていたのですが、
    本尊の盧舎那仏の作者が『物部○○』(すいません忘れました)
    という物部姓だったので、
     
    長いものには巻かれろ? 面白いなぁと感じましたね。
     
    スレ指向が離れて申し訳ないっす
  • こたつ様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月17日 15時25分

    言われて見れば、中臣って、氏の名前っていうより、役職名っぽいですね。
    昨日、プチおばのオフで、この話題が出ました。
    Naomiさん曰く、この時代に渡来した、「ほうしょう(字はわかりません)」じゃないか?という説があるんだそうな。
     
    「中国から来た臣」・・・なわけないか(^^ゞ
    中華人民共和国って国名はまだなかったはずですもんね。
     
    和服も、考えてみたら、「風通しのいい」衣服ですよね。
    上手に着ないとかなり寒かったかもしれません。
     
    で、日本人の健脚について、ですが、
    「竜馬がいく」
    を読んだ時、それをしみじみ感じました。
     
    で、別スレで、セラフィムさんも書いてらっしゃいますが、
    「ナンバ歩き」っての、今、流行しつつあるみたいですね。
    手と足を同時に出す歩き方。
    これで歩くと、私が慣れないせいかもしれませんが、スピードでないんですよ。
    でも、腰に負担をかけないというのと、歩きながら、楽しい発想が湧いてくる、というのは、ちょっと実感しました。
     
    竜馬が新しい日本についていろんな発想をできたのは、「ナンバ歩き」のせいかも、なんて(笑)
     
    八雲は、どんな歩き方をしたでしょうね。
  • タマモ様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月17日 15時25分

    物部氏が仏像を作ったんですね。
    そりゃ〜、物部氏だからって、全員が仏教嫌いとは限らないですよね(^^ゞ
     
    守屋公と馬子のいがみ合いだって、個人の問題かもしれないですし。
    情報ありがとうございます(#^.^#)
  •  投稿者:こたつ城主 投稿日:12月17日 19時32分

    八雲も恐ろしく強健だったようですよ(笑)。
    あまり丈夫すぎて、子の一雄が辟易してます。
    つまり病弱な子を丈夫にしようと、次々と運動を強いる
    から、そのたびに一雄は参ってたようです(笑)。
     
    体力作りには水泳が一番というのが自説だったようで。
    これには、八雲の書く話に出て来る「漂流」でも伺える
    通り、船旅で遭難にあう事を彼は恐れていたから、という
    事情もあったようです。自分の子には洋学させようと
    してたので。
     
    確かに個の世代では対立する要素はあったかもしれませんね。
    だいたい「滅ぼされた」とか言われる家の子孫って、
    大抵は敵陣営の家来として名を連ねるものだからね(笑)。
  • モノの本によると・・・ 投稿者:セラフィム 投稿日:12月17日 21時34分

     モノの本によると、日本では、地獄という観念が先に発達したそうです。それは本来日本の埋葬方法が土葬だからだそうです。黄泉の国もなんとなく地下ですよね。天国という発想は、仏教の火葬から来ているそうです。
     因みに京都の河原町周辺は平安時代、死体置き場だったそうですよ。年に数回役人が来て、死体を燃やしていたそうです。
  • こたつ様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月18日 16時20分

    体力作りには水泳・・・。
    それって、かなり先見の明があったんじゃないでしょうか??
     
    ただ、船旅で遭難したら、泳げるだけではダメな気はしますけどね(~_~)
    水温の問題もあるし・・・。
    関係ないけど、映画「タイタニック」を見ました?
     
    確かにすごい映像なんだと思うけど、極寒の海に一度落ちたはずのヒロインが、いくら浮かんでる木片の上に座らされたからといって、震えもせずにいるのは、変だなぁ・・・と思ったら、服が乾いてたんですよね(笑)
    感動の作品なんだと思うんだけど、そんなとこばっかに目が行くワタクシです。とほほ。
     
    「滅ぼされた」家柄って、でも絶対、
    「その子孫です」って言い出す人が現れますよね。
    平氏しかり。
     
    そういう意味でも、「都合のいい」存在なのかもしれないですね・・・。
  • セラフィム様 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月18日 16時20分

    黄泉の国は、地下っぽいですよね。
    根の国、も。
     
    天にある「高天原」は死後に行く世界じゃありませんしね。
    「神上がる」という発想は、ほんと、いつからのもんなんでしょうね・・・。
     
    京都の「鳥辺野」も、死体置き場ですよね。
    鳥葬の場だとか。
  • 地獄と天国 投稿者:セラフィム 投稿日:12月18日 21時31分

     そーですよね。高天原は何処か判りませんよねぇ。私は、道教の神仙郷と考えています。特に常世の国なんかは正に神仙郷と思います。
     因みに仏教で三十三回忌ってありますよね。あれって、33年間は神道で言う荒御霊で危ないから、仏さんとして供養して下さい。それ以降は集合霊として「神上がる」から、神道でお祭りしますよ。っていう約束があるようです。
  • なるほど 投稿者:こたつ城主 投稿日:12月18日 21時45分

    地獄から先に理解を得たのですね(笑)。
    判りそうな感じがします。地面は直に触れますからね。
     
    じぇんじぇん関係ないけど、五行の相克は秦の頃で、
    一方相生は漢以降、それぞれ王朝論として取り上げられ
    るのですね。
    相克・相生自体には特に、性悪・性善の対立があるわけ
    じゃないけど、地獄・天国になって来ると、少し関係
    しますかね。
     
    「タイタニック」見ておらんです(^^ゞ。
    あれは古〜い映画で見た事があって、ニューバージョンに
    あまりそそられてないから、というのがあるんですが、
    今度見てみようと思います。

 

こんにちわ 投稿者:およね 投稿日:12月16日 16時05分

〜皆様へご案内してます〜
アクセス20000番目の方へのお花のプレゼント致します。ただ今19900番でした。
およねからの最後の贈り物です。皆様のご訪問を楽しみにお待ちしています。
  • キリ番 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月16日 19時00分

    プレゼントですね(#^.^#)
    それでは、是非、キリ番狙ってお邪魔したいと思います。
    高槻情報を拝見しに、ちょくちょく伺ってはいるんですけど、カウンタに注目してませんでしたから、ご連絡いただいてよかった(~_~)
     
    いつもご連絡ありがとうございます〜〜。
    これからもよろしくお願いします(#^.^#)

 

飲んでますか〜 投稿者:呑兵衛あな 投稿日:12月15日 21時35分

はじめまして
「桃の滴」で検索しましたら、こちらのサイトが出ました。
同じ趣向とお見受けし、ご挨拶の書込みです。
  • はじめまして 投稿者:のりちゃん 投稿日:12月16日 18時55分

    「居酒屋」さんなんですね(笑)
    最近は、おきに入りのお酒ばっかり飲んでます。
    桃の滴は、初春にいただいた、縁起の良いお酒です。
    また、情報の交換などさせてください(#^.^#)