祭 神:高皇産霊命 孝元天皇 説 明:境内の由緒板によりますと、 「日本書紀天武天皇紀は安康天皇の御代、牟佐村(現見瀬町)村主 青の経営であった。 当時の祭神は生雷神(即ち雷公)であり、江戸初期まで榊原(境 原)天神と称されていた。 享保の頃に菅原道真公を祭神としたが、明治に至り、古道再び明 らかにし、天津神である高皇産霊神を祭祀して今日に至る。 境内は孝元天皇の即位された宮地と伝えられている。」 とあります。 住 所:奈良県橿原市見瀬町字庄屋垣内718 電話番号: ひとこと:この説明の通りだとすると、高皇産霊命=生雷神だということに なるのでしょうか? 高皇産霊命は、天御中主に次いで、2番目に生じた神様です。 天御中主(宇宙の根源)が生まれた次に、雷が生まれるというの は、おもしろいですね。 無機物だけだった地球に、有機物、つまり生命がいかにして生ま れたか、を高校時代に科学でしたか・・・の授業で習いました。 それは、たんぱく質にある種のエネルギーが作用して、有機物が 生まれる、ということだったと思います。 そう考えると、「高皇産霊命」が、「雷」である、というこの説 明は、非常に的を射てるんじゃないでしょうか? さて、次に生まれたのは、「神皇産霊命」。 生物の進化は、単細胞生物の登場→光合成する生物の登場→真核 生物の登場→多細胞生物の登場という具合になっています。 そうすると、さしずめ神皇産霊命は、多細胞生物への進化を促す 神様だったのかもしれません。 そう言えば、神皇産霊命は、千五百もの子供がおられて、そのう ちの一柱が、少彦名命なのでした。 そういう風に考えると、記紀編纂の時代、いや、この大元となる 神話が確率した時代に、天地創造や、生物誕生の科学的知識が、 ある程度あったのかも知れません。 高天原の神々は今も増えつづけているのでしょうか? としたら、神々の様子を見ることで、この先の地球が垣間見るこ とができるかも知れません。 依弧絽爺命とか、戦争名久寿命とか、そういう神様が生まれてた らよいですね。