祭 神:天照皇大神 伊奘冊命 説 明:大阪府神社名鑑によれば、 「当社は延喜式内の神社であるが、創建の年月および御祭神は 詳らかでない。しかし此の地は古の跡部郷であり、阿刀連が その祖神を祀ったものであろうと伝えられている。 明治五年四月に天照皇大神、伊奘冊命を合祀した。同年村社 に列せられた。」 とあります。 住 所:大阪府八尾市亀井町2丁目 電話番号: ひとこと:「日本書紀」の崇峻天皇紀、崇峻二年の秋の物部守屋討伐の くだりでは、八尾市の地名がぞくぞくと出てきます。 「蘇我馬子宿禰大臣は、物部守屋大連を滅ぼそうと謀った。 軍兵を率いて、志紀郡から守屋の渋河の家に至った。」と。 また、この「跡部」のことであろうと思われる、「阿都」が 出てくるのは、「日本書紀」の、用明天皇二年のこと。 「『用明天皇は病まれて、仏・法・僧の三宝に帰依しようと思う』 と表明された。物部守屋はそれに反対したが、蘇我馬子は、 『詔に従うべきである』として、両者睨み合った。 蘇我氏にしたがった群臣たちが、物部守屋を陥れようと、し ていることを知った、守屋公は、別業(なりどころ)のある、 河内の阿都に退いて、軍を集めた」 ただし、物部氏滅亡を描いているのは、「日本書紀」だけで、 「先代旧事本紀」は、もちろん! 「古事記」にすら、そんな記述はありません。 が、守屋公の別荘が、この、阿都にあったらしいことや、こ の八尾が、物部氏の本拠地であったというのは、どうも、本 当であるようですね。 さて、この「跡部」の地名と関わりのある阿刀氏です。 この氏族から、超有名人が誕生しています。 その人の名は、五行和尚こと弘法大師。 「五行和尚」の名は、空海が、両手・両足・口にそれぞれ筆を 持ち、一度に五行の文字を書いたからだそうですが、今見た ら、「五行」とは、思想の五行のことかも知れませんね。 空海の父は佐伯直田公善通、母は玉依姫(阿刀氏)。 つまり、母方が、阿刀氏なのですね。 翻って、蘇我氏から出た傑物は・・・。 空海と匹敵するほどの人物といえば、聖徳太子において他は ありませんね。 空海と聖徳太子の勝負・・・。み・・・見てみたい!!! 種目は、まず、「書」ですよね。やっぱり。 次は、やっぱり、「法力」。雨くらい降らしてもらいましょ うか。 最後には、やっぱり「容色」?(^^ゞ あなたなら、どちらに賭けます?