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石津水天宮

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  祭  神:言仁尊(第八十一代安徳天皇)
  説  明:境内案内板から転載します。
      「安徳天皇は治承二年(一一七八)高倉天皇の第一皇子としてお生まれになり平家一門に奉せられ生後一ヶ月で皇
       太子、三歳で天皇に即位されたが文治元年(一一八五)壇ノ浦の源平の戦いで敗れ平家一族に抱かれて海中に入
       水、御歳八歳で平家と運命を共にされました。
       神社歴
       当社は江戸の久留米藩邸に祀られていた水天宮様を江戸深川の材木商信濃屋の主人野口庄三郎氏が勧請し文久
       元年(一八六一)石津の地に奉斉されたのが始まりで、明治十四年野口氏らの寄進により現在地に社殿が建立さ
       れ後に公式の神社となり祭典や神社の運営が石津の人たちに委ねられました。石津水天宮は漁業基地という立
       地もあって地元はもちろん近隣の漁業者から海難除去、豊漁への願いが込められ発展して参りました。
       現在の御本殿は昭和三十五年(一九六〇) 拝殿は昭和十五年(一九四0)、それぞれ地元民や崇敬者の寄進により
       建築され、平成十二年(二000)には水天橋の架替工事に伴い境内の代改良が行われました。
       水天宮は古来から「安産」の信仰が篤く久留米水天宮東京水天宮と同じく当水天宮に於いても「安産御守」を
       頒布し毎月の御祭りの際には御守り受領者の方のお名前を祝詞し安産祈祷を行っております。
       
       祭典日
       初水天宮祭 一月五日 月次祭 毎月五日但し九月は一日四月五日 大漁祈願祭 一月五日 四月五日
       例大祭
       平成十五年一月吉日」
  住  所:静岡県焼津市石津2219
  電話番号:
  ひとこと:神社自体の歴史は、そう古いわけではないのですが、小泉八雲が焼津に滞在したとき、このあたりに泳ぎに来
       ていたということで、お参りしました。
       
      「一雄、焼津で喜ぶものは、小舟、玉ころがし、和田のラムネ」
       と、八雲は言っていたとか。
       
       八雲が滞在していたのは、御休町の山口乙吉宅なのですが、海が荒れている日は、この和田の浜まで遠征して
       いたのだそうです。
       つまり、御休町の海より、ここ和田の浜のほうが波が穏やかだということなのでしょうが……。
       私が訪れた日はすごい風で、傘が壊れました( 一一)
       
       この神社の、川を挟んだ向かい側に、小川屋という小さな茶店があり、八雲と一雄はラムネを買うのが常だっ
       たそうです。
       御休町から和田の浜までだいたい3キロ。
       真夏の3キロはけっこうキツいですからね。
       海岸までたどりついて、ラムネを飲むのは、泣き出したいほどの美味しさだったのだそうです。
       
       八雲は、水天宮のご祭神が、幼い安徳天皇だということを知っていたでしょうか。
       たった2歳の若さで即位し、まだ4歳という年齢で、壇ノ浦で祖母や乳母たちに抱きかかえられるようにして沈
       んだ天皇。
       そんな悲しい子供に、人々は海の安全を祈ったのです。
       八雲ならば、そこにどんな優しさや悲しさを見たことだろうと思いますが、語っていないところをみると、知
       らなかったのかな……。

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