祭 神:高良玉垂命 八幡大神 住吉大神 説 明:境内案内碑を転載します。 「高良の大神は、悠久の昔から筑後川流域に生活してきた人々が、その生活守護の 大神様として奉持して参りました筑後国一の宮であります。御社殿御創建は履中 天皇元年で、西暦四00年と伝えています。また、朝廷の御尊崇篤く、国幣大社 に列せられ、古くは式内明神大社として勅使の御参向を得て祭礼が行われた。勅 定によって御神幸も始められました。江戸末期までは、神仏習合の思考のもと天 台の僧徒多数奉仕し、山内に二十六ケ寺三百六十坊もあったということです。」 住 所:福岡県久留米市御井町一番地 電話番号:0942‐43‐4893 ひとこと:神職さんによれば、高良玉垂命は海からやってきた神とされていいるとのこと。 まず久留米大善寺に留まったのだけれど、高良山がはげ山だったため、神津荒木 から松の木を植樹して、茂ったのを確認してから移ってこられたとする伝説があ るそうです。 また別に、こんな話もあると教えていただきました。 悠久の昔から、高牟礼山(現在の高良山)を統べていた高牟礼の神のもとを訪ね た高良玉垂命。 「一晩だけ山を貸してください」と、馬の蹄の跡をつけた石を差し出します。「い いとも、いいよ~」とお人好しな高牟礼の神が承諾すると、高良玉垂神は馬蹄石 を神籠(八葉)石でかこって結界を作り、高牟礼の神が山に戻れないようにして しまいました。 現在、高牟礼神は、麓の高樹神社に祀られているとか。 山を神としていた、縄文の民の神だったのかもしれません。 八葉は蓮のことだとも言われるそうですから、仏教的な名前ですね。 高良玉垂命が仏教を伝えたのだとしたら、そんなに古い時代の話しではなさそう にも思いますが……。 春日野の主と、タケミカヅチの話とも似てますが、武器を持たない(たぶん縄文 時代から続く)土着の神が、新来の神に土地を奪われたという伝承は、各地にあ るようです。 ここ高良山の場合、新来の神は「海から渡ってきた」わけですし、高良(高麗?) の名からも、朝鮮半島からやってきた弥生人かもしれません。 人殺しや戦のための武器を持たなかったとされる縄文人にとって、この略奪劇は あっという間のことだったでしょう。 そしてさらに、もう一つの伝承も教えていただきました。 神功皇后が三韓へ向かう途中、福岡の四王子嶽にお立ち寄りになったとき、二柱 の神が出現されたのだそうです。 金星と共に現れたのが住吉大神。この神はご老体の姿でした。 月と共に現れたのが高良大神。青年のお姿でした。 そんなわけで、この神社には住吉神もお祀りされているのですね。 高良山は、標高312.3メートルの高いとは言えない山。 ですが、有明海からこの土地を見たときには目立つ山のようです。 だからこそ、悠久の昔から信仰の地とされ、そしてさまざまな部族に侵略を受け、 歴史を重ねたのかもしれません。