kenkou

桜實神社

sakurami-uda




  祭  神:木花咲夜姫命
  説  明:境内にあった八ツ房杉の案内板を転載します。
      「その昔、神武天皇が大和平定の際、菟田の高城に陣営を張られた時に植えら
       れたものと伝えられる杉の巨木です。
       八ツ房杉とは、八幹からなる意味で大小八ツの幹が巨大な株状を成していま
       す。樹形は、極めて奇態、ひとつの株から伸びた八本の幹が互いにからみ合
       い、ある幹は途中で一本になり、再び分かれるといった極めてめずらしく目
       をひきます。樹皮は、普通のスギと異なり、美しい赤色をしており、枝は大
       きく天をおおっています。」
  住  所:奈良県宇陀郡菟田野町佐倉764
  電話番号:
  ひとこと:この神社は、式内社に比定されているんですが、詳しいご由緒などが、私の
       手元には一切ありません。

       しかし、
      「桜の実」を意味する社名。
       桜の女神ともされる木花咲夜姫命を祭るお社であること。
       神武天皇が陣営を張ったとされる場所であること。

       それらのことが、想像力を刺激してやまないお社です。

       木花咲夜姫は、多彩な表情を持つ女神だと私は感じています。

       天孫を一目惚れさせた美貌。
       不貞を疑われると、産室に火を放つという激しい気性。
       そして・・・。

       木花咲夜姫と岩長姫の神話をご存知の方は多いでしょう。

       木花咲夜姫に一目惚れした瓊々杵尊は、即座にプロポーズしました。
       咲夜姫の親神は喜んで承諾し、姉の岩長姫も一緒に輿入れさせました。
       ところが、岩長姫の岩のような容貌を恐れた瓊々杵尊は姉は親元に送り返し
       て、木花咲夜姫だけを妻としました。

       岩長姫(もしくは親神である大山祇神)はこの仕打ちを憎んで、
      「あなたは花のように栄えますが、その命に岩の頑丈さはなく、花のように儚
       いでしょう」
       と言うのです。
       これにより、人の寿命ははかないものとなりました。

       岩長姫(大山祇神)の言葉は呪いにあたりますよね。

       でも、私はこの話しを始めて読んだ時、
      「瓊々杵尊がプロポーズしたのは木花咲夜姫であって岩長姫じゃないんだから、
       岩長姫が返されるのがそんなに不当なことだとは思わないけどなぁ。それに
       対して、こういう捨てゼリフはなんだかよくないぞ」
       と思ったものです。

       しかし、ふと思うのです。
       岩長姫は本当に姉なのだろうか、と。

       ここからは、私の全くの妄想です。
       もしかしたら、不快な表現もあるかもしれませんが、先にお断りしておきま
       す。

       ロアルド・ダールの作品に、「訪問者」という短編があります。
       アルフレッド・ヒッチコック監督が、「世界で一番怖い物語」と紹介したそ
       うですから、ご存知の方も多いかもしれません。

       主人公であるオズワルドの女性遍歴がくだくだと書かれていますが、本筋は
       ごく簡潔。

       カイロからエルサレムに向う旅の途中、オズワルドの車は故障してしまい、
       アジズという裕福な男の家に泊まることになります。

       アジズの家には美しい妻と娘がいて、オズワルドを歓待し・・・その上、彼
       を誘惑するような素振りさえ見せるではありませんか。

       教養のある美男であるオズワルドにとって、女性にモテるのは珍しいことで
       はありませんでしたが、これほど美しい女性達にあからさまな好意をみせつ
       けられることは、そうそうあることではありませんでしたから、彼は少し有
       頂天になっていました。

       そして、夜。
       予期していたとおり、彼の部屋に忍び込んできた女性の影がありました。
       繊細な衣の音と、強烈な香水の香り。
       しかし、闇の中では、それが娘であるのかその母であるのかはわかりません
       でした。

       朝になって、オズワルドはさりげなく二人の女性の様子を伺いましたが、二
       人ともなんともない様子を装っているので、どちらの女性が昨夜の恋人とな
       ったかはわかりませんでした。

       朝になり、アジズ氏に送ってもらう車の中で、オズワルドは思いもかけない
       言葉を聞くことになります。

       オズワルドは、「昨夜のこと」を忘れられず、アジズ氏が「また訪問してく
       ださい」と言うのを待つのです。
       が、どう鎌をかけても、アジズ氏は期待した言葉を言いません。

       それどころか、恐ろしい・・・オズワルドにとっては、何よりも恐ろしい告
       白をしたのでした。

       実は、娘は一人だけではない。
       5歳年上の姉娘がいるが、来客の時は彼女は部屋に閉じこもって出てこない。
       なぜならば、彼女は、たちの悪い麻痺性のレプラに罹ってしまったからだ。

       そして、最後にアジズ氏は、抜け目のない瞳でこう付け加えたのです。

      「ご心配には及びません。レプラは伝染性の強い病気ではありません。患者と
       じかに接触しない限りは感染の恐れはありませんよ・・・」

       レプラとは、ハンセン氏病のこと。ライ病という名でも知られています。

       現代では、ハンセン氏病はすでに恐ろしい病気ではなくなっています。
       感染力が極めて弱いことも知られていますし、成人であればさらに感染の確
       率が下がることもわかっています。

       ですから、ハンセン氏病患者に対する偏見は最も恥じるべきことの一つなの
       ですが、昔は感染力の弱さについてわからず、風貌が変わってしまうことな
       どからも、「恐ろしい病」と誤解されてきました。

       ちゃんと見たわけじゃないのですが、映画「ベン・ハー」にも、「らいの谷」
       が登場したと思います。

       まだ感染していない人にその病気が伝染ることを恐れて、罹患者を隔離した
       のですね。

       日本においても同じようなことがなされていました。
       日本書紀推古天皇条にこんな記事があります。

      「この年、百済から日本を慕ってやってくる者が多かった。その者たちの顔や
       体に、斑白や白癩があり、その異様なことを憎んで、海中の島に置き去りに
       しようとした」
 
       つまり、ハンセン氏病にかかった患者を島流しにしようとしたというのです。

       日本においても、ヨーロッパにおいても、長い長い間、ハンセン氏病に対し
       て誤解をしてきたのです。

       私は、「来訪者」を読んだ時、木花咲夜姫と岩長姫の神話を思いださずには
       おれませんでした。

       茨城県にある月水石神社には、
      「病のために山の麓でなくなった岩長姫が、人々の守護神となった」
       というご由緒が残されています。

       また、貴船神社の摂社である結社には、
      「瓊々杵尊に拒否された岩長姫はそのことを恥じてこの地に辿り着き、『私は
       ここに留まって良縁を授けよう』とおっしゃった」
       という縁起が残っています。

       そして、 
       大山祇神社の摂社である「阿奈波神社」には、岩長姫が祭られています。
       この神社には、和歌山の淡島神社のように、女性の下着や、性器をかたどっ
       た置物などがぎっしりと奉納されていました。
       淡島様といえば、婦人病で夫から離縁された淡島様は、世の女性が自分と同
       じ悲しみを味わうことがないようにと女性の守護神となったという伝承が残
       ています。

       岩長姫には、「病」と「自分の不幸を人に味合わせないという意志」がつき
       まとっているように思うのです。

       それは、ダールの「来訪者」に登場する「姉」とは全く異なる性質であり、
       この女神の貴さを物語るものだと思います。

       そして、最初の疑問に戻るのです。

       岩長姫は、本当に木花咲夜姫の姉だったのだろうか。
       もしかしたら、二人は、四谷怪談の前半と後半を担った同一人物では・・・。

       つまり、

       美貌の木花咲夜姫が病に罹り「岩長姫」となって、離縁された。

       これが真相ではないかと考えてしまうのです。

       そう考えると、木花咲夜姫の火中出産も、もしかしたら・・・。
       火傷による皮膚の変化と、病による皮膚の変化を混同したのかも。

       だからこそ、「岩長姫」の怒りは深く。
       呪言となって、今に至るまで、人を苦しめているのかもしれません。

       余談ですが、ソメイヨシノは滅多に実を結びません。
       桜のめしべは自分と同じDNAを持つ花粉を受粉しないのですが・・・、実
       は、すべてのソメイヨシノは同じDNAを持つからなんです。

       つまり、日本中にあるソメイヨシノはすべて、接木によって増えたものなん
       ですね。

       ソメイヨシノは江戸時代末期に作られた種ですから、神話に登場する桜の花
       は、もちろん実を結んだでしょう。

       しかし、桜の花とはそれほどに誇り高いということは心に留めておきたいと
       思います。

       自分に屈辱を与えた人物には激しい怒りをぶつけ、そして、弱い人々には、
       自分と同じ不幸を味あわせたくないと願う心の清い女神。

       木花開夜姫と岩長姫が具現する「桜」の実はどのようなものなのでしょうね。

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