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国津神社

kunitsutarou




  祭  神:大国主大神
  説  明:三重県観光連盟によりますと、
      「元文元年、勧請した出雲大社の分霊で国津大明神又は三社
       宮と称えられている。」
       とあります。
  住  所:三重県一志郡美杉村太郎生
  電話番号:059−273−0083 
  ひとこと:実はこのあたり、名張市からこの一志郡にかけて、国津神
       社が点在しているようです。
      「日本の神々 伊勢・志摩・伊賀・紀伊」によれば、滝之原・
       奈垣・布生などにそれぞれ「国津神社」があり、それぞれ
       祭神は、大己貴命・大名牟遅神・大国主命となっています。

       大国主命は、「国津神」の中で最も有名(?)です。
       
       ただ、この神社に大国主命が勧請されたと言われる、元文
       元年は西暦で言うと、1736年。
       江戸時代です。
       この時代に、わざわざ大国主命を「国津神」として祀る理
       由はなんなのでしょうか?

       国津神とは、「先住者」と言い換えることができるでしょ
       う。先住者を祀る必要があるような事件があったのでしょ
       うかね?

       1736年というと、将軍は、徳川八代目。
       暴れん坊・吉宗の治世でした。

       徳川吉宗公といえば、歴史の苦手な私でも、「目安箱の設
       置」「養生所の設置」などなど、庶民の為に改革を断行し
       た将軍である、と、出てくるほど有名な将軍です。

       吉宗が将軍になったのは、1716年。つまり、この神社
       が建てられたのは、庶民に人気があったであろう吉宗公在
       位20年目のことであることになります。

       もしかしたら・・・。
       紀州出身の吉宗公は、将軍として江戸を治めながらも、た
       まには紀州に帰ったでしょう?
       この神社の辺りは、吉宗公が帰省する時に通りがかるルー
       トなんじゃないでしょうか?

       この地域の人たちが、大好きな将軍の行き帰りを守ってい
       ただくべく、各地の「先住者」の神様達に、「お願いしま
       す」と、建てられたのが、この神社。

       なんだったら、ほんわかしててよいんですけどね。

       実際のところは、どうでしょうか。       

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