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丹生神社

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  祭  神:罔象波乃売命 或云丹生都比売命
  説  明:境内に看板が3つもあります。
      「丹生神社由緒:
       右本殿 昭和二年四月二十五日
       特別保護建造物に指定さる。現在重文
       境内神社
       七柱神社 春日造屋根板葺銅板張
            祭神 彦火々出見命 品陀別命 素盞鳴尊
               多紀理比売命 天児屋根命 事代主命
               天押雲命
       二所神社 七柱神社に同じ
            祭神 若宇賀乃売命 大彦零命
       戸岩神社 祭神 天乃岩戸大神」
      「丹生神社
       由緒不詳。本殿に罔象女命を相殿に植山姫命を禁祭神として
       まつている。現在の本殿棟木に嘉吉二年(西暦1442年)
       の墨書があり、国の重要文化財に指定。
       この神社で室町時代に『題目立』の行事が行われたようで、
       当事の歌詞や衣裳や面が保存されている。なおこの神社には
       その頃、村人達の悲願をこめて書いた『大乗経』二百巻がお
       さめられていたが、明治二十四年頃に福王寺に移され、その
       後いつの間にか紛失してしまった。
       昭和三十七年この大乗経が海外に売られようとしていると聞
       いた由良哲次氏(もとこの神社の社家で神社と縁の深い方)
       が私財を投じて古物商から買い取り神社に奉納され、現在、
       社宝として保存されている。
       末社として七柱神社・二柱神社や、寛文五年(西暦1665
       年)在銘の釣燈篭、元禄二年(西暦1689年)及び元文四
       年(西暦1739年)在銘の石燈篭がある。
       この神社の祭神は女神で、伊勢の神楽が大嫌いだから、獅子
       舞が大嫌いだから、獅子舞があると必ず雨が降るという。」
      「三日地蔵
       丹生は昔から仏教(真言宗)の盛んなところで、勝王寺、福
       王寺、平等寺が残っていたが、明治十九年に、村を挙げて改
       宗し、神道(大成教)になった。明治のはじめ全国を風靡し
       た廃仏毀釈の波に乗ったものと思われる。
       全村改宗は吉野郡十津川村とともに、全国的にも珍しい。
       改宗して一切の仏事を廃したが、いまに三日地蔵と七橋参り
       というのが残っている。
       三日地蔵は大小二体の地蔵が厨子の中に納まり、村中の家々
       を、三日ずつ順々に巡るのである。これも珍しい」
       とあります。
  住  所:奈良市丹生町
  電話番号:0742−94−0287
  ひとこと:看板が三つもあるのは、それぞれ違う機関がそれぞれの見解
       を書いたものなのでしょうか。微妙に表現が違いますね。

       面白いのは、この祭神・罔象波乃売命(丹生都姫)が、伊勢
       神楽が大嫌いということでしょうか。

       伊勢神楽ってのは、私も知りませんでしたが、獅子舞の舞の
       大きな系統なんですって。
      「神社と神道」のホームページの説明によりますと、
      「『神楽』とは、祭典のときに神前に奉納される『歌舞(かぶ:
       歌を伴う舞)』のことをいいます。神楽の起源は、神代の昔
       に天照大御神(あまてらすおおみかみ)が、天の岩戸(あま
       のいわと)へ籬もられたとき、大神さまをお慰めするために、
       天鈿女命(あめのうずめのみこと)が岩戸の前で舞を舞った
       ことにあるといわれています。このことからもわかるように、
       神楽は神さまをお慰めするために奉納されるのです。
       神楽を大きく区分すると、『宮廷神楽』と『里神楽』の二つ
       に分けられます。宮廷神楽とは、宮中で行われている神楽で、
       古代において大陸からわが国に伝えられた雅楽(ががく)や
       伎楽(ぎがく)です。
       里神楽とは、一般の神社の神事芸能で、田植行事の中の神事
       舞から発生したと考えられています。そして、この里神楽か
       ら、『伊勢神楽』や『出雲神楽』などが派生しました。それ
       らは、いずれも神代の昔の物語を題材にした神楽が中心に舞
       われています。」
       ということで、元々は天照大神の為に作られたもの、という
       ことでしょうか?
       獅子舞が、天照大神の為に舞われているとは知りませんでし
       た。

       伊勢神楽ってのは、伊勢神宮で奉納された神楽なんだそうで
       すが、獅子舞は、その神楽の一演目みたいですね。

       獅子舞にどういう意味があるのでしょうか。

       いろんな説がありますが、どうも、「邪気祓い」の意味があ
       るようです。
       狛犬が動いて舞ったのが、獅子舞ってことでしょうか。

       しかし、罔象波乃売命や、丹生都姫が獅子舞嫌いな理由が、
       知りたいですね。

       ちなみに、和歌山県日高郡龍神村にある丹生神社のお祭りで
       は、ちゃんと獅子舞が舞われていますし、
       佐賀県塩田町馬場下の丹生神社でも同じく舞われています。
       上記二神社の祭神は、共に、丹生都姫命。

       その他も、獅子舞を奉納する「丹生神社」はたくさんあるよ
       うなのに、丹生町の丹生神だけが、獅子舞嫌いだというのは、
       不思議です。

       神様が、ではなくて、丹生町の人達が、獅子舞(伊勢神楽)
       を嫌いだったのではないでしょうか。

       こんなお話を見つけました。
      「獅子舞の顔は何故赤い?
       昔、獅子舞の獅子の顔は、黒かったんだよ。
       だって、黒い方が強そうじゃないか。
       それにね、獅子を先導してくれる猩猩(ひひの妖怪で瑞祥)
       の顔が真っ赤なんだもの。獅子まで赤くすると、目が眩ん
       でしまう。(猩猩が先導する獅子舞を、『麒麟獅子』と言う
       そうです。本当)
       さて、獅子が住んでいた山は、丹砂(水銀を含んだ砂。赤い)
       がたくさん採れる山だった。
       丹砂は、昔の人にはとても貴重だったから、里の人たちは、
       この丹砂を欲しがったんだって。
       だけど、考えてごらん?
       獅子にしてみたら、里を疫病や災難から護ってやってるのに、
       そのお礼もなしに、自分の山のものを欲しがられては面白く
       ないに決まってる。
       そこで、獅子は、丹砂を見付けたら、これを全部食べてしま
       うことにしたんだ。
       食べてしまえば、里の人はこれを取れないからね。
       しかし、君は知ってるかな?
       丹砂は、不思議な砂なんだ。うまく使えば不老不死の薬にも
       なるが、下手に使うと毒になる。
       丹砂の毒が廻った獅子は、七転八倒。
       あまり苦しんだので、顔が真っ赤になってしまったというこ
       とだ。」

       丹生と獅子舞の対立は、案外こんなところにあるのかも知れ
       ないですね。

       ・・・なんてのは大嘘ですので、信じないでくださいね(^^ゞ       

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