祭 神:宿奈彦名命 高皇産霊神 科長戸辺命 説 明:延喜式神名帳:宿奈川田神社 小社 河内鑑名所記:白坂大明神の社。河はたにまします。 此社の前の大河にて、住吉の社務代十一日か間 水こりをかきたまひ、塩こり温こりは住吉にて かき、冠を着たまふよし、里人のかたりき。 河 内 志 :宿名川田神社。在高井田東南乃北片山村故壌。 土人白坂明神称。 河内名所図会:宿名川田神社。 高井田村の東南にあり。土人白阪明神と称す。 此地の生土神とす。延喜式出。 新 社 記 :祭神は宿奈彦名命・高皇産霊神・科長戸辺命な りといふ。古来より社伝の神湯あり参者絶えず。 住 所:大阪府柏原市高井田661 電話番号: ひとこと:え〜、「河内志」は漢文なので、取り敢えず、白文で。 「白坂」という名前の起こりは、この近所、少し北西にいった所 に「白坂」という地名があったそうですから、元々は、その辺 に所在したのかも知れません。 この神社は、側にある「天湯川田神社」と同じく、「鳥取連等」 の氏神と見られているようです。 鳥取氏とは、垂仁天皇の御子・誉津別命の為に白鳥を捕まえに、 出雲近辺まで捜索に行った、英雄・天湯川田奈命を祖とします。 ただ、よくわからないのが、なぜ、その鳥取氏の氏神であると ころの、この神社の祭神が、少彦名命のことであると見られる、 宿奈彦名命であるか、ということですね。 新社記にあるように、「古来よりの神湯」があるために、温泉 の神であるところの、少彦名命を勧請したのでしょうか。 それとも、鳥取氏が出雲まで白鳥を追いかけていったことと関 係があるのでしょうか? 少彦名命は、出雲の国を大己貴命と一緒に創った神様ですから。 しかし、それにしても、少彦名命は、不思議な神様です。 いきなりやってきていきなりどこかに行ってしまったわけです から、少彦名命を祖とする氏は、公には、ありません。 が、先代旧事本紀によれば、饒速日命の防衛(ふせぎまもり) として、降臨した神々の中に、「少彦根命」という神様がおら れます。 そして、鳥取氏の祖である、と説明されているのです。 この「少彦根命」を、後世の人が、馴染みのある「少彦名命」 と取り違えたのでしょうか?それとも、この双神は同一神なの でしょうか? 同一神だとしたら、神話の見方がまた変わっちゃいますね。 だって、手のひらからこぼれるほどの小さな神様が、饒速日命 の防衛? 無理、むり!!