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滕神社

chikiri

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平池




  祭  神:稚日女尊
  説  明:境内案内板を引用します。
      「稚日女尊は天照大神の御女に座して、太古御母大神の御側に神布を織らせ給ひし神にまし坐せ
       り。
       神功皇后三韓征伐の御時大神の和魂は皇后の玉身に服ひて皇后の御寿命を守護し、荒魂はみを
       さきとなり皇后の師船を導き給ひ活田の長峡の国に居らんと宣ひし大神なり
       当社は往古香川郡浅野村に鎮座まして神威顕著なりしを後一條天皇万寿年間仏生山・浅野村の
       境、今の平池のある所は一面松原にして高からず低からず清き岡にして景色善き所なりとて宮
       所をその地に移し奉らんとす。里人神威を恐れて是に故障起こり今に喧嘩池唐土勝高等名残れ
       る所あり。
       近衛天皇久安年間宮殿の周囲に池を築く然るに後年水掛かり増加し池狭隘灌漑に便ならざるを
       憂ひ後白河法皇治承二年当時天下に知行数三十余ケ国荘園五百余ケ所に及び諸国に築島し或は
       音戸の瀬戸を開通する等工事に着手せし平清盛は一子重盛に命じ池普請築城等に功ありし阿波
       の国の名族阿波民部田口成良(平家方にて屋島の行宮を築きし人)及び丹波国荘司多田蔵人左
       衛門尉行綱等をして此の池を広大に築き水理の便を謀らしむ然るに堤幾度築きても水溜り申さ
       ず是に国君より所々に仰せつけられし御鬮に右様の所人を築き込み申さずは水溜り申さずと国
       君より国中へ人柱仰せ出されしも何れも御免を蒙り度由申して池普請ならず里人憂へ悲みてあ
       りけるを或夜白衣着用垂髪の神女藤布を抱え往来ありしを人柱申て築き込み申せしに是に始め
       ていけ普請成就すと是に里人神徳の東特不思議なるを敬ひ歓びあへり此の池を平池といふ又平
       清盛の命によれるによりこの称ありとも云伝ふ幾許もなくして洪水あり支流洋々として宮殿を
       漬す依って西方岡上に遷宮し今此所を古宮と称す次で東方仏生山に遷す爾後松平頼重朝臣水戸
       より封に就くにあたり仏閣を此の地に創め以て同家の墳墓の地となす是に霊元天皇寛文九年酉
       冬十一月十三日前山現在の社地に遷宮す社伝は頼重朝臣の建立に係り爾後国主累代の尊敬篤く
       藩主と当社の関係につきては田村内記著藤大明神来由並神主由緒に詳しくすなわち当国一宮田
       村の社祠官田村武太夫次男四郎太夫を以て当社神主となし高十八石を寄進し当社唯一神道社格
       は通称四社と称する石清尾八幡宮中野天満宮道祖神社稲荷神社(高松市鎮座)と同格となし毎
       年正月四日城内書院に於て独礼拝謁を許さる又当社境内東北隅に宗源檀と申す祈祷所を設け国
       中事ある時は藩公自ら祈祷をなし国中へ神符を配布すと当社御鎮座以来是に三百数十年社運益々
       隆昌幣帛神饌料共進の社に列せられ仏生山・下浅野村の産土の神として今日に至れり」
  住  所:香川県高松市仏生山町甲2566 
  電話番号:
  ひとこと:この神社の社名である「ちきり」は、平池の伝説にちなみます。
       伝説によれば、この神社は、平池の堤に埋められた、人柱の女性を祀ったのが創祀です。
  
       平池にあった、「いわざらこざらの由緒」を引用しますね。
      「伝説によると治承二年の昔、阿波民部田口成良がこの平池を再築のとき、東の雌山から『チキ
       リ』を持った女が降りてきて、この池はたびたび堤が切れて長くもたない。人柱を埋めるとよ
       いと告げた。人々はだれを人柱にするか相談したが決まらないので、そのことを告げた女を人
       柱として築いたという。そののち堤の東の磐の間から流れ出る水の音が、いわざらこざらと聞
       こえる。それはいわざらましこさらましということで、いわなければよかった、こなかったら
       よかったという意味である。人々はそれから池の中の磐の上に、その女を神と祭ったが、のち
       堤の西うてめの所に移し、さらに雌山の上に移し、勝大明神とあがめたのが、この地の鎮守だ
       と伝え、今は押山の上に鎮座している。
       昭和四十七年十二月六日
         いわざらこざら顕彰会」
         
      「ちきり」とは、「千切り」。
       機織りの道具です。
       
       織姫が淵の主に懸想され、妻になる話は各地に伝わりますが、池の人柱になるのは織姫が多か
       ったのでしょうか。
       
       そんな女性が、長く篤く信仰されたってのは、少しうれしいですね。

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