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伊古奈比咩命神社

ikonahime




  祭  神:伊古奈比咩命 三島大神
  説  明:ご由緒書から転載します。
      「伊古奈比咩命神社の御祭神の三島大神(別名事代主神)は、その昔(今から
       二千年以上も昔のことです。)南の方から海を渡ってこの伊豆にやって来ま
       した。
       伊豆でも特にこの白浜に着かれたのは、この白砂の浜があまりにも美しかっ
       たからです。そして白浜に着いた三島大神は、この伊豆の地主であった富士
       山の神様に会って伊豆の土地を譲っていただきました。さらに、三島大神は
       伊豆の土地が狭かった為、お供の見目(みるめ)の神様、若宮の神様、剣の
       御子と、伊豆の竜神、海神、雷神の助けをかりて、島焼、きつまり島造りを
       始めました。
       最初に1日1晩で小さな島をつくりました。
       初めの島なので初島と名付けました。次に、神々が集まって相談する島神集
       島(現在の神津島)、次に大きな島の大島、次に海の塩を盛って白くつくっ
       た新島、次にお供の見目、若宮、剣の御子の家をつくる島、三宅島、次に三
       島大神の蔵を置くための御蔵島、次に沖の方に沖の島、次に小さな小島、次
       に天狗の鼻のような王鼻(おうで島、最後に十番目の島、十島(現在の利島)
       をつくりました。
       七日で十の島をつくりあげた三島大神は、その島々に后を置き、子供をつく
       りました。この后々や子供達は、現在でも伊豆の各島々に式内社として祭ら
       れています。三島大神は、后達やその子供達を大変愛していましたが、その
       中でも伊古奈比咩命は特に愛され、いつも三島大神のそばにいました。大神
       は、三宅島に宮をつくり、しばらくの間三宅島に居ましたが、その後最愛の
       后である伊古奈比咩命とお供の見目、若宮、剣の御子を連れて再び白浜に帰
       って来ました。
       そしてこの白浜に大きな社をつくり末長くこの美しい白浜で暮らしました。
       それが、この白濱神社です。
       現在の白濱神社の御本殿は一つでその中にこの三島大神、伊古奈比咩命、見
       目、若宮、剣の御子を合わせてお奉りしていますが、以前は、本殿が二社あ
       って、右側に三島大神左側に伊古奈比咩命がそれぞれお仲睦まじく奉られて
       いたそうです。」
  住  所:静岡県下田市白浜2740番地
  電話番号:0558−22−1183
  ひとこと:気になるのは、見目の神というお名前です。

       この神を祀る小さな祠には、「見目弁才天の由来」という看板がありました。
       ここに転載しましょう。

      「見目弁才天の由緒
       当社御祭神、伊古名比咩命をお守りする神として、見目、若宮、剣の御子の
       中の一柱の神様であり、その本地仏とされているのが、弁財天となっていま
       す。古来より縁結び、子授け、性病除け、夫婦円満の御利益をもつ神として
       霊験あらたかな神社です。」

       そして、祠の中には、性器をかたどったものや、女性の下着などが奉納され
       ていました。

       神職さんに、
      「海辺には、性病除けの女神がよく鎮座なさりますね」
       とお尋ねしましたら、非常に分かりやすい回答をくださいました。

      「海辺には船がやってきますから、どうしても色街が出来てしまうのです。そ
       れだから、性病も流行するのでしょう」

       なるほどね。

       ただ、それだけではないかも、とも思っているんです。

       淡島様のお話のように。

       病の女性が流され、はまべに辿り着く。
       そして、その地で、世の女性の幸を祈る。
       病の女神が、すべての女性の守り神となる。
       しかも、見目の神の本地仏は弁財天・・・芸術の女神です。

       河原に住んだ人々は、傀儡子や琵琶法師など、芸術の民が多かったと思われ
       ますから。

       このパターンである可能性もある、と思うのですが。

       そして、なによりも、見目大神・・・「みるめ」というお名前です。

      「みるめ」という音から素直に何かを連想してください。

      「海松布」ではありませんか?

      「海松」とは、海草の名。

       関係ない話のようですが、海草が髪生やしに良いというのは迷信だそうです。
       いや、少なくとも、海草に髪を増やす薬効があるという化学的根拠はないそ
       うな。

       海草が波に揺れている姿が、「ふさふさとした髪」を連想させるため、そう
       思われ続けてきたのだとか。

       そう。
       海草は、「毛」を連想させる。
       つまり、いわゆる、アンダーヘアをも。

       つまり、私には、「見目大神」は、春を売る女性を連想させる名を持つ神と
       思えてならぬわけなんですよ。

       春を売る女性にまつわるイメージは、現在と古代ではまったく違ったのでは
       ないかと思っています。

       女はみな、「神の嫁」であったのならば、春を売る女性達は、客を「神」と
       して接待したわけですね。

       古代において、春を売る女性達は、ただの快楽だけを売ったわけではないで
       しょう。
       また、一方的に売ったというわけではないでしょう。

       客人婚という言葉があります。
       集落にやってきた旅人に、一夜の伽をし、もてなしたのです。

       それは、旅人にとっては、旅の夜の慰めとなったかもしれませんが、接待す
       る側も、集落外からやってきた、稀なる精子を受け取る意味で、プラスとな
       ったわけです。

       つまり、春宿とは、「神」と「神女」の結婚の場でもあったはず。

       そう考えたとき、見目大神は、ただの「性病よけ」の神ではないと思えてき
       ますね。

       そして・・・。
       その神をお供とした三島大神と、伊古奈姫とは。
       神と神女。
       言い換えれば、神と巫女そのものではなかったのでしょうか。

       巫女とは、神の神託を預かる女性。
       この神社こそは、そのような女性の鎮座する神社ではなかろうか、と、そう
       思うのです。

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