祭 神:日子番能邇邇芸命 木花佐久夜毘売 説 明:ご由緒を引用します 「『古事記・日向三代』に登場する、邇邇芸命の行宮の跡と伝えられ、佐久夜毘売が火を放って 無事出産した、三皇子生誕の産屋『無戸室』(うつむろ)の跡、産湯に汲んだ泉と伝えられる 『桜川』(謡曲『桜川』の舞台にもなった)があり、又近くに佐久夜毘売の生家があったと言わ れる、后原の吾田屋敷跡も残っている。 又、往時の神仏混淆にもとずいて『法満寺』があったが、明治五年廃寺になり、現在唯一『阿 弥陀堂』が残っており、奉られている『阿弥陀如来像』は宮崎市指定有形文化財となっている。 字木花地区の氏神である。創建ははっきりしないが、約四百年前の記録『飫肥紀行』(都於郡 藩主伊東三位入道義祐記)の中に、『木花神社と法満寺』のことが見られるので、それ以前の ことだと思われる。現在社殿に保存されている棟札には、1735年(享保)、1755年 (宝暦)、1778年(安永)、1808年(文化)等のものが有り、飫肥藩主(伊東氏)の 武運長久、百穀成就、万民豊楽、子孫繁栄等の願文が記されている。 明治22年、村制設置の際、隈野村、加江田村、鏡洲村が合併して、『木花村』となったのは、 この地に伝わる『木花佐久夜毘売』の神話・伝説・伝承によるものと思われる。更には、戦没 者(日清、日露、から大東亜戦争に至る263柱)慰霊碑があり、木花の聖地とされている」 住 所:宮崎県宮崎市大字熊野字木花の台地 電話番号: ひとこと:宮崎にはコノハナサクヤヒメの伝承地が私が訪れただけでも二つあり、一つがここ、木花です。 まさに台地にあり「大山祇神の居住地」らしいといえばらしいかもしれません。 ただ、もう一つの西都原は立派な古墳群もあり、コノハナサクヤヒメに関する史跡が点在して いるため、こちらの方が有名かもしれません。 たぶん、どちらの伝承地も、高貴な姫君が難産の末、出産した場所なんじゃないかな。 とすれば、注目すべきは、ここ宮崎が女性に関する伝承を後世にまで伝えていること。 だって、大和に残るのは、「ここで戦士が倒れた」「ここで戦士の目がくらんだ」って男の話 ばっかですから(^_^;) 宮崎っていい場所ですよね(^o^)