祭 神:木花開耶姫命 彦火瓊瓊杵尊 大山祇神 説 明:ご由緒を引用します 「景行天皇四十年(西暦一一〇年)、日本武尊がご東征の折、箱根足柄より甲斐国酒折宮に向かう途次、当地の 大塚丘にお立ち寄りになられ、親しく富士山の神霊を御遥拝され「富士の神山は北方より登拝せよ」と勅され たことにより、祠を建てて祀ったことを起源とする。 度重なる噴火を」鎮めるため延暦七年(七八八)甲斐守紀豊庭が卜占により現在の位置に神殿を建て浅間の大 神を祀り、大塚丘には日本武尊の神霊を祀った。 古代より信仰されてきた霊峰冨士は本来神の山として禁足地であるが、山岳信仰の影響を受け、修行のために 登山する者が現れた。やがて冨士信仰の拠点となり、江戸時代には庶民の間に爆発的に拡大した『富士講』の 聖地として栄えた。 享保十八年(一七三三)~延享二年(一七四五)冨士講中興の祖・村上光清が、境内社殿の大規模工事を行っ た。 仁王門、鐘楼、絵馬殿、五重塔は明治五年に廃されたが、幣殿、拝殿、神楽殿、手水舎、随神門は現存してお り、当時の繁栄と技術の粋を今に伝えている。 平成二十一年に創建一九〇〇年を迎え、翌二十二年、境内は国史跡に指定された。 主祭神・木花開耶姫命は大変美しい女神であり、安産・子授、火防、殖産興業の神として尊崇されている。古 くは養蚕や酒造の神でもあり、また昨今は美容、子育の神としても崇敬を集め、夏期には冨士登山の安全祈願 をする参詣者で賑わう。」 住 所:山梨県富士吉田市上吉田5558 電話番号:0555-22-0221 ひとこと:いわゆる冨士浅間神社の本宮的神社といえるでしょう。 富士山と木花開耶姫が関連づけられたのはなぜなんでしょうね。 実際のところは、木花開耶姫の本拠地は九州だと思うのですが。 個人的意見ですが、比較的近年まで、このあたりを、女系の氏続が本拠地としてたんじゃないでしょうか。 首長の中に、木花開耶姫のような美女がいたのかもしれません。 クレオパトラなんか、まさにそんな感じですよね。 どんな女性だったのでしょう。 女性が一族を束ねようとするとき、どんな才能が求められると思います? まずは愛される人柄であることかな。 そうでなきゃ、他の女性が反乱をおこしそう。 次にはやはり、行動力と包容力、判断力、先を見通す力でしょうか。 それらをして「神託を得る能力」と呼んだのではないかな。 そう考えたとき、彼女ら、女性首長たちが慕わしくてならないのです。