shigoto

三十八神社

misoya




  祭  神:天照大神 八幡大神 春日大神
  説  明:三十八神社の「三」は、ご祭神三体を表し、十八は、神々に
       対する敬語であると伝えられているのだそうです。
       が、実際、社家の方に伺うと、創建当事の資料は、一切残っ
       ておらず、はっきりしたことはわからないんだそうです。

       ただ、この神社は、正朶年中(西暦1352年〜55年の間)
       に、佐々木盛綱8世の孫、佐々木二郎盛恵の居城であった、
       福万寺城跡であると、文献に記されているのだそうです。
  住  所:大阪府八尾市福万寺町4−13
  電話番号:
  ひとこと:とても綺麗に清掃された、清らかな神社で、社家の方が素朴
       な信仰心で、お守りされているのだな、と強く感じた神社で
       す。

       ただ、祭神についてや、福万寺城については、「よくわから
       ないんです」と言うことで、リサーチできませんでした。

       城主・佐々木二郎盛恵についても、実はよくわかりません。
       祖父にあたる、盛綱は、源氏の武将で、藤戸の合戦で手柄を
       上げ、児島を賜ったと言われています。

       八幡神は源氏の氏神ですから、説得力があります。

       しかし、そういう眼で見ますと、

       天照大神は、知る人ぞ知る(?)皇祖神。
       春日大神は、藤原氏の氏神ですね。

       しかし、しかし、です。もともと「源」氏というのは、皇室
       の血をひくものが、臣籍に降下した時に賜る姓でした。
      (調べてみると、臣籍に降下したからといって必ず源姓を名乗
       るわけではないようですが)
       ということは、源氏であれば、天照大神の血を引くわけです。
       もし、藤原氏の血がどこかで入っているなら、春日大神の氏
       子でもあるわけで。

       なるほど・・・と調べてみたのですが、佐々木盛綱の出自は
       よくわからないのでした。とほほ。ここまでひっぱって、情
       けなや。

       ただ、おもしろい話を見つけました。
       盛綱は、藤戸の戦いの時、対岸の平家を討つため、浅瀬を、
       地元の漁師(浦の若者)から教わり、その上で、口封じのた
       め、殺してしまうのです。
       結果、盛綱は、武勲をあげるのですが、この若者の母親が、
      「戦のためとはいえ、関わりのない息子を殺すとは、ささ(盛
       綱の姓は佐々木)と聞けば、笹まで憎い」と、近辺の笹を抜
       いたため、その後、笹が生えなくなったと言われる、笹無山
       という山が藤戸にはあります。
       盛綱は、この若者を悼み、大法要を行ったのだそうですが、
       今も、この山には笹が生えていないのでしょうか?
       
       千年ほどに亘って笹を憎み続けるよりも、佐々木盛綱を、ダ
       イレクトに憎めばいいのに、無駄な憎み方するなぁ・・・と
       思ってしまうのは、抑圧されていない現代の私だからでしょ
       う。

       そういえば、「破られた約束」というお話・・・・・
      「後妻はもらわないでください」と言い残して亡くなった妻が
       後妻を取り殺すというお話
       ・・・・・を聞いた小泉八雲が、
      「それはひどい、取り殺すなら約束を破った夫を殺すべきだ」
       というと、話を聞かせてくれた友人は、
      「それは男の考えです。しかし、女は違います」と答えるので
       した。

       抑圧を受けると、感情の放出の方向を見失うものなのでしょ
       うか。・・・皆さんは、大丈夫ですか? 

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