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射水神社

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  祭  神:二上神
  説  明:境内案内板を転載します。
      「例祭 四月二十三日
       北西五粁の二上山にこの神の降臨は有給の古代に属し、詳らかではないが、天武天皇の五年正月十一年奉幣に與ら
       れた伝承を以て鎮座の年と定めた。次いで慶雲三年初めて新年奉幣の例に入り、宝亀十一年従五位下の神階に叙せ
       られ、延喜の神名帳には越中唯一の名神大社に挙げられた。
       やがて戦国の世、悉く兵火に罹り、頽廃したが、前田利家・利長の保護により輪奐を改め、明治四年國幣中社に列
       した。
       維新の神仏分離規制に従い、且つは広く県民の崇敬に迎えられ、寺坊所管の二上を離れて明治八年九月、現在地に
       遷座した。
        境外摂末社
          日吉社 大山咋神
          悪王子社 地主神
          院内者 菊理姫神
          諏訪社 建御名方神
          高岡市護国神社 護国諸神」
  住  所:富山県高岡市古城1−1
  電話番号:
  ひとこと:越中国一之宮は、ここ射水神社のほか、同じく高岡市にある気多神社が選ばれていますが……っていうか、一之宮っ
       て、誰が決めたんだろう(^^ゞ
       一之宮にはあんまり興味がないので、よくわかっていません。
       
       案内板は木でできていて、薄くなっているので読みづらい部分が多いのですが、意味はだいたいわかります。
       
       神社の公式サイトによれば、
      「射水神社はもともと、霊山である二上山そのものを祀る社であったと考えられています。古記録に、当社のご祭神は
      「二上神」と記されており、神仏混淆が主流だった江戸時代までは、「二上山大権現(ふたがみやまだいごんげん)」
       として人々に崇敬されてきました。その後、明治時代には政府による神仏分離令を受け、二上神は瓊瓊杵尊として祀
       られるようになりました。」
       とのことで、本来この神社は、朝廷が押し付けた神ではない、土地の神を祭っていたということでしょう。
       
       ただ、残念ながら、二上山は見えず。
       標高274mほどの低山なうえに、神社が遷座しているので、拝殿の裏にあるというわけにはいかず。
       さらにさらに、猛烈な黄砂が到来しておりまして( ;∀;)
       
       残念ナリ。

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