祭 神:稻依別王 説 明:角川書店『日本の伝説』19より、関連の伝説を転載します。 「小白丸という名犬を持った猟師がいた。ある時川ぞいの山に狩をして、この渓谷の岩の陰に休んだ。 昼食をすませて横になり、うとうととまどろみかけると、小白丸がにわかに狂ったように吠えはじ めた。猟師はおどろいて身を起こしたが、日は暖かに川音はのどかで何の変わったこともない。だ が、横になろうとすると、犬はまたけたたましく騒ぎ立てる。猟師はむらむらと癇癪を起して、山 刀を抜くやいなや小白丸の首を斬った。犬の首は血煙を曳いて宙に飛び上がり、頭上の木の茂みへ 隠れた。とみるまに、すさまじい音がして、その茂みから大蛇が垂れ下がった。小白丸の首は、大 蛇の喉元にしっかりと噛み付いている。大蛇は苦しそうにのた打っていたが、やがて目の下の青い 淵へ落ちていったのだった。 深い後悔の念に責められながら、猟師は小白丸の胴体を社のそばに葬って、目印に植えた。 小白丸の犬胴塚は、右岸の道路から少しひっこんだ所にある。目印の松は大木と呼ばれていたが、 今は枯れて幹の根元だけが残っている」 「犬胴松の由緒 その昔、犬上式部二族の始祖と言われます稲依別王命は、日ごろより猟を好まれ、猟犬小石丸を引 き連れ、山間を徘徊されていた処、偶々この渓谷の淵に往来の人々に気概を加える大蛇がいる事を 聞き及び、退治せんものと愛犬を伴い渓谷を探し続け、七日七夜を過ぎ、仮眠中の危急を知った小 石丸が吠えたてる事頻りなれば命は怒り、腰の剣で一刀のもとに愛犬の首をはねると首は岩影より 命に襲い掛からんとする大蛇の喉にしっかり咬みつき大蛇は遂に淵に落ち、悶死せり。 命は大いに驚き、この愛犬忠死に深く感銘し、祠を建て、之を祀り給ふ。これ犬咬明神である。 斯くして命を救った忠犬の霊を犬胴塚に葬り、其処に松を植えられたのが犬胴松である。今は枯れ 果て、その面影を残すのみであったが、今回お堂を建立してその霊をお祀りするものである。 境内三社の内、犬上神社には稲依別王命が祀られています」 「旧跡 大蛇ケ淵 大瀧神社境内の御神木杉辺より見降すあたりの岩瀬は『大蛇ケ淵』と呼ばれる。 上流に犬上ダムが建設されるまでは『大瀧』の名に恥じない、堂々たる瀑布であった。 瀧淵には神代の昔、大蛇が棲んでいたと言われる。近辺の住民に仇なす祟り神であった。大蛇は犬 上建部君稲依別命と忠犬小石丸によってこの淵に鎮められる(詳細は参道上の犬胴松の由緒) ここより目を対岸に向けると、小さな祠が見えるが、この祠が犬上神社の元社・稲依別命が小石丸 の首を鎮めたと言われるところで、眼下の大蛇ケ淵と時に大奔流と化す川面を見守り続けているか のようである」 住 所:滋賀県犬上郡豊郷町八目41 電話番号: ひとこと:稲依別王は大和武尊と、その正室の両道入姫の皇子です。 犬上神社の元社は多賀の大蛇ケ淵にありますが、その後大切に持ち帰り、この地に祭られたと伝承 は語ります。 大和武尊は英雄ですが、化け物退治の記録はありません。 ただ、鹿の姿をした山の神を退治したり、猪の姿の山の神に殺されたりしていますから……。 この伝承の大蛇も、「大蛇の姿をした川の神」だったのかもしれません。 化け物退治といえば、多田源氏を思い出します。 源満仲を始祖とする多田源氏は、多くの化け物を退治しているんですね。 源満仲は九頭龍。 その子頼光は酒呑童子や土蜘蛛。 六世孫の頼政は、鵺。 そうそうたる化け物ですよね。 源満仲はいわゆる「清和源氏」の流れですが、これはつまり、清和天皇の皇子の子孫にあたります。 皇族が臣下に降るとき、「源氏」「平氏」などの氏を名乗ったわけですが……。 そう。武士になってるんですよ。 公家と武家といえば、相反する存在のように思われますが、元は一つだったんですね。 元は一つだからこそ、警備させるに心強い存在だったのかもしれませんが……。 公家を守るため、化け物を退治させられる武士たちの思いはどのようなものだったのでしょう? 大蛇を退治しようとした稲依別命も、源氏や平家と同じ「臣籍降下した皇族」の扱いにも思われます が、この話では「犬」がクローズアップされているのが気になる。 縄文人は犬をとても大切にしており、ていねいに埋葬された犬の遺骸も見つかっています。 犬とともに化け物退治をした稲依別命は、彼らの子孫である……という考え方もできる。 ただし、忠犬が、主の勘違いにより殺されてしまう話はあちらこちらに残されています。 高山陣屋には、同じような話が猫の話として、伝えられていますしね。 猫が救うのは飼い主の姫様。敵が蛇であるのは犬と同じです。 また、アレキサンダー大王と鷹の話もあります。 これは、アレキサンダー大王が水を飲もうとするのを鷹が阻止するというストーリー。 実はその水の上流には毒蛇が牙を濡らしており、水に毒が混じっていたというオチでした。 なんにせよ、飼い主は動物の命を握ってるんだから、大事にしてやれよって話ですよ。 ほんまにねぇ。