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金丸八幡神社

kanamaruhachiman

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磐境






  祭  神:神功皇后 應神天皇 武内大臣
  説  明:境内案内板を引用します。
      「大昔この地に神が祀られ、その神域の境界を示すものとして磐境が残っている。
       萬治参年(一六六〇年)に八幡宮として新しく建てられ、その後何回となく再興・修理が加えられ、維
       持されてきた。
       明治四年神仏分離後、八幡神社と改称し神殿を造営し、明治十三年弊殿・拝殿を新造し、現在の神社と
       なった。
       明治四十二年、地域の小宮を集めて境内神社として社殿を作った。
       平成八年、社殿全体の老朽化に伴い、氏子の発意で大規模改修工事を行った。
       祭礼は、毎年四月十五日、七月十五日の例大祭、十月十四日の夜は徳島県指定無形文化財『宵宮の神事』
       の神楽舞が奉納される。
       これらの諸行事は、山路山畑、中井、西光、。角の四部落の当家持ち回り制で行われている。
          平成九年四月吉日 氏子総代中」
  住  所:徳島県三好郡東みよし町中庄1187
  電話番号:
  ひとこと:磐境がすごく大きいんですよ。
       道路添いに並んでいるのが見えて、「ああ、あれか」と思って近づいたら、ずらりと続いていて、「え?
       どこまで続いてるの?ってなりました。
       多分10mはあったんじゃないかな、いやもっとか。
       
       円状ではなく直線に見えました。
       つまり、ストーンサークルじゃない。
       
       それにだいたい、日本のストーンサークルって、背が低いですよね。
       太白遺跡には10以上のストーンサークルがありましたが、みな高さは10センチもないほどだった。
       
       この磐境はむしろ境界線に見える。
       
       なんのための磐境なのか、気になります。

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