祭 神:留玉臣命 説 明:元鍋ケ森神社にあった案内板を転載します。 「御祭神は留玉臣命 第十代の崇神天皇(四世紀前半)は、吉備国平定のため、四道将軍・吉備津彦命を山陽道に派遣した。栗坂の留玉は、 吉備津彦命に随従して、「吉備国征伐の戦」で、格別な功績を残した。朝廷はその功績を広く顕彰するために、留玉に 対し、破格の『臣の称号』を勅許した。留玉臣の出生の地が栗坂村であることから、栗坂神社に御祭神として祀られて いる。 桃太郎伝説と留玉臣命 吉備の国には、鬼ノ城に住む鬼・温羅を吉備津彦命が征伐したという鬼退治の伝説がある。朝鮮の皇子であり、優れた 製鉄技術を有する温羅との戦は、一進一退の激しい戦いとなった。しかし…… 戦いの最終段階で突如、温羅は鯉に変身して逃亡した。吉備津彦命達は、鵜に返信して鯉に喰らい付き、温羅を鯉喰神 社近辺で降参させた。この伝説の鵜こそ、栗坂神社の御祭神である栗坂の留玉臣であるとされ、伝説・桃太郎の家来で ある雉のモデルとなった。吉備の鬼退治伝説は、室町時代の『御伽草紙・桃太郎』に集約され、全国的に知られた。 以上のことから、『栗坂神社は雉の神社』とも呼ばれている。 創建年代は不詳ですが、下記の年代から推察ください。 ・栗坂村は万寿元年(1204)頃より干拓された荘園・万寿東荘の一部として誕生 ・文明元年(1469)頃、古文書に『吉備津神社の神領』と記載 ・天明元年(1780)頃、神社境内の鳥居・石灯籠に設置の年月」 住 所:岡山県倉敷市栗坂592 電話番号: ひとこと:吉備津彦命は、いわずとしれた桃太郎のモデルです。とするともちろん、桃太郎が連れていた犬・猿・雉にもモデルが いたことになるわけで、犬は犬飼健命、猿は楽々森命、雉はここ栗坂神社の御祭神、留玉臣命だとされています。 せっかくなのですべてまわろう……と思ったのですが、中山御陵で思わず音を上げてしまいそうになりましたよ。だっ て、階段がとっても急で長いんですもの……。 汗だくというか、通り雨にでもあったかのように、ボットボトになりましたよ(^^ゞ この神社の歴史は、吉備津彦命の時代まで遡れないとは思いますが、桃太郎巡りですので、お参りしました。