採取地域:福島県伊達郡 ひとこと: 原 典:柳田国男著「日本の昔話」 登場人物:釣り人 物 語:半田山にある、静かな沼。 男が一人、釣り糸を垂れている。 おや、釣れたようだ。 おや?また釣れたようだ。 そういえば、魚籠の中は、魚でいっぱい。ここは、よほど良い釣り場ら しい。 じりじりと照る太陽。 よほど暑いのか、男は、裸足の片足を沼に浸している。 男の片足に、小さな虫が寄ってきたようだ。 蜘蛛のようである。 透明の糸を吐き出して、男の親指に掛けていった。 巣作りの最中なのだろうか? そんな間に、男はまた一匹魚を釣り上げた。 すると、なぜだろう。また蜘蛛がやってきて、男の親指に糸を掛けて いった。 また来た。 そして、同じ場所に糸を掛けている。 男も不審に思ったようだ。 親指から糸を外し、置き場に困っている。 地べたに置くのも気がひけたのだろうか。 男は側にあった太い柳の株に糸を巻きつけて、また、釣りを再開した ようだ。 静かな沼だ。 いきなり、声がした。 「太郎も来い」 「次郎も皆来い」 あまりの大きな声にびっくりしたのだろうか、魚籠の中の魚は一斉に 飛び上がり、なんということだろう。みんな水の中に逃げ込んでしま ったではないか。 思わず男が立ち上がると、 「えんやらやぁ!!」 何人いるのだろう? たくさんの声が、沼の中から聞こえて、 柳の株にひっかけた糸がピンと張った。 水の中から引っ張っているらしい。 メキ、メキメキメキ!!! まさか。 男は信じられないという顔をしている。 目の前の大きな柳の株が、根っこから、ぽっきり。 あっという間に折れてしまった。 静かだ。 男が、逃げ帰ってからというもの、この沼には誰もこない。 本当に、静かだ。