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竜が壺




  採取地域:三重県名張市赤目四十八滝
  ひとこと:滝のガイドブックに収録されているお話です。
  原  典:
  登場人物:竜が壺の女神 男神
  物  語:竜が壺は、底なしといわれるほど深く、底にある竜宮に棲む女神は、
       外の景色をあまり見ることができませんでした。

       でも、水底の生活が嫌いじゃなかったので、全然平気でした。

       一人きりでいることが、全然苦痛じゃなかったので、他の神様との
       交流も、ほとんどありませんでした。

       きれいな女神様でしたが、恋はおろか、恋に恋するなんてことさえ
       なかったのです。

       かといって、鏡に映る自分の姿をみてうっとりするわけでもありま
       せんでした。
       自分がきれいな女神である、ということさえ、意識することは、ほ
       とんどなかったんですね。

       実も蓋もない言い方をすれば、淡白な性格だったんです。

       さて、ある朝、女神が起きると、なんだか水が温かい色に染まって
       いるような気がしました。

       太陽の光さえ存分に届かない水底では、外の景色に影響されること
       はほとんどなかったものですから、女神は少し興味を持ちました。

      「一体何がこんなに水を暖かい気持ちにさせてるのかしら」

       女神は泳いで、水面から顔を出してみました。
       するとどうでしょう。
       あたり一帯、山桜が咲き誇っていたのです。

       美しいものに心を動かされる、ということさえ普段はほとんどなか
       った女神でありましたが、この山桜には心を奪われました。

      「この花を竜宮に持ち帰りたいなぁ」

       しかし、川の化身であるこの女神は、川から出ることはできません。

       もう少し、もう少し・・・と手を伸ばしてはみるのですが、やはり
       届かないのです。
       女神は途方にくれてしまいました。

       どれくらい時間がたったかわかりません。

       太陽の光をほとんど浴びないので、抜けるような白い肌の女神がし
       ょんぼりしている姿を見つけたのは、山の神に仕える男神でした。

       困っている美女をみかけて、自分になにか手助けはできないだろう
       か?と考えたところを見ると、この男神は、ごくごく普通の親切な
       男神だったのでしょう。

      「どうしたんですか?」
       怖がらせないように、できるだけ爽やかな笑顔を作って、尋ねたの
       でした。

       女神は、爽やかな笑顔だろうが、いかめしい仏頂面だろうが、なに
       しろ、他神は眼中にありません。

       男神は、「手段」としか考え付きませんでした。

       そんなわけで、女神もにっこり微笑んだのです。

       さきほどまで、しおたれていた、いかにも繊細な美女が微笑をもら
       せば、男として、心を動かされないわけはありません。

       男神は、なんだか胸がどきどきわくわくして、声をつまらせてしま
       いました。

       女神は、そんな男神の態度を不審に思うこともなく(なにしろ、眼
       中にないんだから)、微笑みを浮かべたまま、語り掛けました。

      「私はこの竜が壺の底にある竜宮の女神です(本当)。
       それはそれは、もうすんごい美しい乙姫様に仕えております(嘘)。
       その乙姫様が、あなたを見初められ、竜宮に連れてくるよう、私に
       申し付けられたのです(大嘘)。
       一緒に、竜宮においでくださいませんか(罠)?」

       男神はあがっている上に、思いもかけない申し出を受け、ただただ、
       舞い上がっていました。

      「いや、あなたのことすごくきれいだなぁと思ってました。だから、
       乙姫様がまだもうもっと美しいなんて、いやそんな、もう。ねぇ。
       いやいや、あなたの方がきっと美しいですよ。はっはっは。
       なんだかもう、そんな、いやぁ、私なんかもう、そんなねぇ。よく
       言われるんすよ。お前は十人並み、いや、もとい、神なんだから、
       十神並みだってねぇ。それがまぁ、もの好きな・・・いや、バカに
       してるんじゃないです。ごめんなさい。怒らないでくださいよ。・
       ・・・・・。」

       いつまでしゃべるつもりなのかしら。
       女神はいらいらしてきて、一人で話を先に進めることにしました。

      「そこで、お願いなのですが、この桜の枝を一折、手土産に持ってき
       ていただきたいのです」

       これを聞いた男神は黙りました。
       この桜は、彼が仕える山の神のもので、桜の枝を折ることは厳重に
       禁止されていたのです。

       黙ってしまった男神に、女神は、再度要求しました。

      「さぁ、早く桜の枝を折ってくださいな」

      「それは・・・、できません」
      「なぁぜ?」
      「この桜は、私の主人のものだからです」
      「まぁ、1本くらいわかりゃしませんわ」
      「私の主人は山の神です。1本といえどもお見通しです」
      「んじゃ、花見にきた酔っ払いのふりをしなさいませ。
       酔っ払いが、桜の枝を折るなんて、ありがちなことですわ。山の神
       も、仕方ないと思われましてよ」
      「私は、面が割れてますから、無理です」
      「それじゃ、過失ということになさいませ。
       転びそうになって、枝にしがみついたら、折れちゃったことにすれ
       ば、お咎めもされませんわよ」
      「そんな不自然な・・・」

       女神はだんだんイラついてきました。
      「優柔不断なやっちゃ。ええわい。次のカモ探すわい」
       そう考えた女神は、

      「じゃ、いいです」
       と、背を向けました。

       一押し二押し、三に押しと言います。
       そして、
       押して駄目なら引いてみろ、とも言います。

       交渉事どころか、恋の駆け引きなんぞ、生まれてこの方、したこと
       がなかった女神ですが、結果的に、この格言(?)を全て実行して
       いたもんですから、男神は焦りました。

      「ちょっと待ってください。」

       女神の心はもう、次のカモ・・・いえ、親切な男性にありましたか
       ら、先程の笑顔はどこへやら、非常に不機嫌な顔で振り向きました。

      「あぁん?」
       この先ほどと打って変わった態度が、男神に最後の一押しをしてし
       まったのです。

      「あの、桜、折りましょう」 

       かわいそう。男神、けなげでかわいそう。
       だって、女神は、男神のこの決心に感動することさえなかったんで
       すから。

      「まぁ、本当ですの?
       そんじゃ、この枝がいいですわ。早くとって、早くはやく」

       せかされた男神の心には、もう、山の神の怒りのことなどはありま
       せんでした。

       こういうのを、チープな洗脳と呼んでも、間違いないでしょう。

       すっかり女神のいいなりになった男神は、言われるまま枝を折り、
       言われるまま枝を手渡し、そのまま女神が感謝の言葉も言わず、水
       の中へ消えても、まだ何が起こったか気づきませんでした。

      「私はだれ?ここはどこ?いったい何をしているの?」
       次に何をすべきなのか、さっぱりわからず、いつまでもいつまでも、
       壺の淵に立ち尽くしていたのでした。

       そのころ、全てお見通しの山の神は、やはり、すべて見ておりまし
       た。

       山の神様は、神様づきあいも嫌いじゃないし、部下の面倒見もよい、
       貫禄のあるタイプでした。

       ですから、こんな場合、普段の山の神ならば、男神のことをかばっ
       て、笑って許してあげるところでした。

       しかし、あんまり見事に男神がおちょくられてしまったので、つい
       自分も、男神をからかいたくなってしまったんですね。

      「よしよし。男神が帰ってきたら、全く気づかなかった顔して、『あ
       れ?桜の枝の数が減ったんじゃないか?』と驚いたように言ってや
       ろう。あの正直者でおっちょこちょいのの男神のことだ。慌てて、
       どんな反応をするか考えただけでも、笑えちゃうわい。だはははは」

       そんなわけで、男神は、女神に翻弄された上、上司である山の神に
       も、いちびられたのでした。

       がんばれ男神。
       明日は明日の太陽が昇るさ!!

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