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授かりものの乙女




  採取地域:京都府京都市
  ひとこと:小泉八雲だからこその物語かも?
  原  典:小泉八雲著「影」
  登場人物:花垣梅秀 娘 月下翁 神童
  物  語:学者の卵さんってのは、芽が出るまでは、いつの世も、苦しいよ
       うです。生活も、気持ちも、ね。

       花垣梅秀も、そんな学者の卵の一人でした。
       控えめで、心栄えもよい人物でしたが、ちょっと純情すぎる若者
       だったのです。

       そんな彼の初恋は、なんと短冊でした。

       正確に言えば、
      「しるしあれと いわいずそむる 玉箒
                     とる手ばかりの ちぎれなれども」
       という和歌を書き付けられた短冊の、その文字に、

       もっと正確に言えば、その文字を書いた女性に、

       もう、えらく現実的に言えば、
       つまり、その勝手に美化した「想像上の」女性に、彼は恋したの
       ですね。

      「こんな素晴らしい文字を書くのだもの。そりゃぁ優しくて上品で、
       かわいらしくて、純情で・・・」

       勝手に妄想してなさいっつの。

       京都の大通寺の再建にかかる法要の際、「誕生水の弁天」様のお
       堂をながめているうちに、この問題の短冊は、彼の足元に飛ばさ
       れてきたのでした。

       そんな経緯があるものですから、梅秀は、弁天様におすがりする
       のが一番だと思いました。

       だって、短冊の文字を書いた人の署名はないし、京都は広いし、
       普通の方法で彼女を探し出すことなんて不可能だったからです。

       梅秀は、弁天堂に七日参りをすることにしました。

      「弁天様、お情けですから、この短冊の乙女に一目でも会わせてく
       ださい」

       ほんまかなぁ。
       会えば会ったで、
      「一言でも交わさせてください」
       しゃべればしゃべったで、
      「触れさせてください」
       握手でもさせてもらえたら・・・・・。
       と、キリがないんじゃないのかしらん。

       はじめから、結婚させてくれ(この時代ですからね。今ならば、
       自ずから願いも違うかもしれませんが)と祈っとけ!!と、思う
       イラチなのは私だけでしょうか?(←私だけか)

       思うに、梅秀は、恋愛には晩生だけれど、本当に心根の良い人物
       だったのでしょう。

       7日目の晩、梅秀が弁天堂に篭っていると、威厳のある老人が、
       弁天堂の前でうやうやしく跪いたのです。

       すると、お堂の扉が開き、中の御簾が一人でに、するすると巻き
       上がり、中から美しい稚児が現れ、

      「不相応な恋をしている若者がいて、不憫だから、もし、縁がある
       のなら、なんとかしてやってほしい」

       と、そのようなことを、まぁ、翁にお願いしたわけです。

       よっぽど梅秀が、哀れな様子だったに違いありません。

       すると、老人がどうしたか。
       左の袖から赤い糸を取り出し、片方を梅秀に巻きつけました。
       おおう。

       そして、もう片方は?
       弁天様の御灯篭の炎にかざし、暗闇に向かい、3度手招きをする
       と・・・なんと。
       そりゃぁ別嬪の少女、年のころ15・6の少女が現れ、梅秀の側
       にひざまずいたのでした。

       梅秀は、夢うつつでお堂を出て、家に帰ると、少女もついてきて、
      「私は、あなたの妻になるために召されました」
       と言うんですよ。
       なんてこったい。

       しかも、その少女。
       美しいだけでなく、
       優しく愛情こまやかなだけでなく、
       字が上手な上、絵まで上手なだけでなく、
       活花・刺繍・音曲などの諸芸に通じているだけでなく、
       織ることも縫うこともできて、家事全般全てパーフェクト。

       そんな女おるか〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!
       ぜいぜい。ムカムカ。
       い・・・いるんですね。これが。
       物語の中だけじゃなく、現実にも。
       どうなっとんじゃ〜いっ!

       ・・・・・そして、二人は幸せに暮らしました。

       だけではすまないのです。

       やっぱり?
       そりゃそうだよねぇ。
       大体、その娘の親御さんが許すわけないじゃないのさ。

       乙女が梅秀のところへやってきたのは秋。
       その冬のこと。

       梅秀は、京都のすこ〜〜しく辺鄙なところを歩いておりました。
       すると、ある屋敷から下男が、大声で梅秀を呼び止めるじゃあり
       ませんか。

       む。やな予感。

       驚いた梅秀を、その下男は恭しく案内し、その屋敷の主人に取次
       ぎましたところ、その主人曰く

      「実は。私には娘がおります」

      (げ。あの娘か?もしかして、私が攫ったと思われてるとか?)

      「年は16歳」

      (うわ、やっぱり!!やっべ〜〜〜)

      「書はまぁ、どうにか、というところで、他のことも一応こなせる
       程度の、まぁ人並みの娘と申せましょう」

      (あり?違うのかな??ありり??しかし、まぁ、一安心)

      「その娘によいご縁を授けて欲しいと弁天様にお願いしましたとこ
       ろ、『もうすでに良い男と引き合わせてある』とのこと。」

      (ちょっと待てよ。この家の娘が、私の妻と別人なのならば、この
       ご主人が私を夫に、と望んでも、困るぞ)

      「昨晩、また弁天様の夢を見まして、『明日これこれこういう若者
       がこの町に参る。彼はよい青年だからこの先出世するに違いない
       から、婿になってくれるよう頼みなさい』とおっしゃったのです」

      (げげ〜〜っ!!やっぱし。まずい、まずいよ。どうしよう。逃げ
       ようかな。逃げたって追っかけられるよな。うわぁ、うわぁ)

       焦りながらも、梅秀は、主人の後に従って、娘の待つ部屋へ招き
       入れられました。
       優柔不断なりっ!!

       ところが。
       目の前に座っているのは、彼の妻ではありませんか。

       そう、彼が今現在妻にしていたのは、この娘の魂だったのでした。
       言い方を変えれば、短冊に書き付けてあった和歌の文字の化身だ
       ということになりますか。

       この家の主人は、娘のよい結婚相手を授けてもらうために、娘の
       書いた短冊を京都中の弁天堂に奉納していたのです。

       梅秀が拾った短冊は、その一枚だったわけですね。
       そういう意味では、娘の相手として選ばれたのが梅秀である、と
       いえるでしょう。

       梅秀が先か、娘の両親が先か。

       月下翁に頼むまでもなく、梅秀と娘は宿縁により結ばれていたと
       いうわけでしょうか。

       めでたし、めでたし・・・・・じゃないっ!!!

       いくら、親だとはいえ、パーフェクツ!!な娘を、
      「人並みの娘」と評するなぁ!!
       上品にも程がある!!

      「親ばかかも知れませんが、そこそこの娘です」
       くらい言って、お願いだから。

       そうでないと・・・。
       私なんて、どんな風に評されるか・・・・・。
       考えるだに、泣けてくるのでありまする。
       しくしくしくしく・・・。

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