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平中物語




  採取地域:京都府京都市
  ひとこと:
  原  典:今昔物語
  登場人物:平定文 侍従の君
  物  語:世にいう、「世界三大美女」は、クレオパトラ・楊貴妃・小野小町
       である、と申します。

       最後の小野小町は、世界に名だたる美女というわけでもありますま
       い。
       つまり、この「世界三大美女」は、日本人の考案なるものでありま
       しょう。

       さて、それでは、「世界三大美男」といえば、誰になるでしょう?
       しかし、まぁ、男の場合は、美男というよりも、プレイボーイを探
       すのがよいかも知れません。

       ドン=ファン・カザノヴァは、固いところでしょう。
       もう一人、日本人の浮気男の名を挙げねばなりませんが、さて、誰
       がよいでしょう?
       なに?世之介?
      「好色一代男」は、井原西鶴の手になるフィクションですからねぇ。

       いや、そりゃ、ドン=ファンも伝説の人物ではありますが。

       でも、せっかく日本から一人出せるわけですから、実在の人物から
       探しましょうよ。フィクションでいいんなら、「光源氏」もあり、
       になっちゃいますから。

       え?なに?在原業平?
       はいはい、光源氏のモデルじゃないか?などといわれてますもんね。
       でもなぁ、ちょっと器がちっちゃいような気もするんですよ。

       そんなわけで、私がお勧めするのは、「平中」こと、「兵衛佐平定
       文」なのであります。

       なにしろ、惚れ惚れするような男前。
       立ち居振る舞い上品で、話し振りに非常に魅力があった、とされる
       人物で、
       今昔には、「人妻であろうと娘であろうと、まして宮仕えの女房で
       平中に言い寄られたことがない女はなかった」と書かれているくら
       いですから、ドン=ファンにも負けない、たらし振りじゃあありま
       せんか。

       そんな平中にも、色好み仲間がいました。
       藤原時平。
       聞いたことあるでしょう?
       そう、菅原道真公を左遷に追いやり、後には、怨霊に怯えながら死
       んだ、平安京の影の主役と言ってもよい人物です。

       そんな時平に仕える侍従の君と呼ばれる女性がおりました。
       そりゃぁ、位の高い貴族に仕える女性ですから、美しくないわけが
       ありません。もちろん、教養もバッチリ。
       つまり、女・平中というわけです。

       しかし、恋愛というのは、男女のどちらが優れているか、で、力関
       係が出来上がるわけじゃありません。

       入れ込んだ方が、負け、なのです。

       色事師・平中がそんなことを知らなかったわけはないのですが、何
       か気が弱っていたんでしょう。
       この侍従の君に、一方的に懸想してしまったのでした。

       平中は、今までの経験から、
       自分が夢中になれば、女も夢中にならないわけがあろうか、
       いや、ない。
       と思い込んでいたものですから、いくら文を送っても、侍従の君か
       らはなしのつぶてであることが理解不能なわけです。

      「もしかしたら、何かの不都合で、届いてないのではなかろうか。」
       と、
      「見てくださったのなら、『見た』だけの内容でも結構です。どうぞ
       文をください」
       なんていうしおらしげな文を送ったりもしてみました。

       なのに、あぁなんてことでしょう。
       侍従の君からは、確かに、文が来ました。
       でも、慌しげに文を開いてみれば、自分が送った文の、『見た』と
       いう文字を切り抜いて貼り付けてあるばかり。

       つまり、「脅迫状」状態の文だったのです。色気がないこと甚だし
       い。

       そうなると、恋心は募るばかり。

       文がだめなのか。
       侍従の君は、上品な男より、ちょっと強引で行動的な男が好きなの
       かもしれない。と悶々とした頭で考え、雨のしょぼつくまだ寒い五
       月の闇夜、侍従の君の所へ忍んで行ってみたわけです。

       女の童に、「きちゃった♪」と伝言を頼むまでは勢いに乗っていた
       けど、冷静に考えたら、今までま〜〜〜ったく、なびくそぶりもな
       かった侍従の君が、ここにきて急に会ってくれるわきゃないな、と、
       平中、少しへこんでおりました。       

       ところが、ここまでこんなにつれなかった侍従の君が、
      「まだ仕事中なので、もうちょっと待っててくださいな、あとでね」
       という色よい返事。

       他の男と間違えたんじゃないの?
       と心配になるばかりです。

       平中の喜びと驚きは、冷静な第三者のそれどころではありません。

       やっとやっとやっと思いが通じる!と、待つことまつこと。
       雨で濡れた体は寒いけど、もうすぐあったかくなるもんね、へっへ。
      (昔話の紹介ですので、きわどい表現は控えさせていただきます)
       と、上機嫌で待っておりました。

       屋敷が静かになったころ、平中の待つ部屋へ人の気配が。
       いそいそと戸を開けると、暗くてよく見えないけれど、まさに下着
       姿らしき侍従がたっているではありませんか。
       ここまできたら、大丈夫。もう食いっぱぐれはないさ。
       と、気を抜いたところが、平中の手落ち。

      「あ、いっけなぁい。戸締り忘れてきちゃったわ。人が入ってきては
       いけないから、閉めてきますね。用意して待っててくださいな」

       と、侍従の君は、出ていってしまいました。
       ここで、「私が閉めてきましょう」と言えばよかったんですけどね。

       ちょっと間抜けな平中は、もうすっかりその気ですから、装束を脱
       ぎ、ヘアの乱れがないか、最終チェック。
       焚き込めた香りが逃げてないか?などと確認し、
      「いつでもこい」とばかりに待っておりました。

       待っておりました。
       ず〜〜っと待っておりましたが・・・侍従の君はそれっきり、この
       部屋にやってくることはありませんでした。
       裸で待ってた平中は、風邪ひいて、とほほほほ。

       ここまで苔にされては、男が廃る。
       侍従の君のことはすっぱり忘れる!と、決心したはいいのですが、
       ここまで恋焦がれた女をそうそう諦められるわけがない。

       侍従の君の悪い噂を聞けば、恋が醒めるだろう・・・と画策してみ
       ても、誰もが口をそろえて、
      「侍従の君の悪口?聞いたことないねぇ。」
       と言うばかり。

       これでは、恋が醒めるどころか、熱くならざるを得ないではないで
       すか。

       行いに欠点がないとしても、人間ならば、必ず、悪しき匂いのする
       ものを、体から排出するはず。

       恋に狂った人間の考えってのは、ここまでくるんですかね。
       逆・スカトロなんじゃないの?という非難もなんのその、平中は、
       侍従の君のうんちを奪取せんと、機会を伺ったのでありました。

       この時代に、女性のトイレってのはございません。
       重箱のような箱に、ものをひりだし、それを、女の童などが、川
       で洗い流すわけですね。

       そんなわけですから、侍従の君が「ひり所」へ入った後、女の童
       が運び出す、箱を奪えばその中には目的のブツがあるわけです。
       定文くん、賢いっ!!

       さて、平中が、そうやって、侍従の君を張ること何日か、最初の
       うちは警戒されて、なかなかチャンスがなかったのですが、やっ
       その日が来ました。

       侍従の君が、局から出てきた後、女の童が箱を持ち出すではあり
       ませんか。

       これを逃せば次のチャンスはいつになるか。
       と、平中は、駆け寄り、強引に奪い去・・・るまでもなく、女の
       童は、抗いもせず、平中に箱を渡したのでした。

       おかしい・・・と思える冷静さが、この時の平中に残っていたか
       どうか。

       もどかしげに、箱を開けようとするのだけれど、手が震える。
       しかも、その箱は、漆塗りで、とても、中にご不浄が入っている
       とは思えない。

       あの人ってば、こんな箱さえ床しいのね。
       あぁ、愛しい。恋しい。
       でも、この蓋さえ開ければ、この恋しい気持ちも、あっさり醒め
       るんだわ。
       あぁ、切ない、苦しい恋とも、これでおさらばね。

       と、蓋を開けてみると、ぷんっ!!と・・・。
       なんとよい薫り。
       丁子の香りではありませんか。
       黄色い水は、丁子の汁のような味と薫りというより、丁子の汁そ
       のもの。

       黄黒い親指大ほどのそのものは、甘くて苦くて、なんとも良い香
       り。
       山芋のすったものと練り香をまぜてあまずらの汁で煮込んだよう
       な味と薫り・・・というか、そうやって作ったに違いない。

       つまり、侍従の君はすべてお見通しだったわけ。

       平中。
       そんな女に対する恋が醒めるわけもなく。

       なんと、オチは、平中の恋煩いの末の死だったのでした。

       恋で死ねるのは不幸なような、とてつもなくハッピーなような。

       それにしても、今昔の作者の最後のコメントは振るっています。

      「だから、あまり恋愛に没頭するもんじゃない、と人々は噂しあっ
       たものである」

       なるほどね〜。
       恋愛に死んでしまった平中も相当ですが、
      (特に初期の、もしくは片思いの)恋愛に没頭すんな、という作者
       もかなりのもんですな。

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