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川合八幡神社 ヒキアイ餅祭




2009年10月11日。
川合八幡神社のヒキアイ餅神事を見学してきました。

お祭りが始まるのは20時。
18時半ごろ、私たちが神社に到着したとき、境内はまだ真っ暗でした。

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本当に今日がお祭りなのかとちぃと心配になりましたが、
間もなくはっぴ姿の男性が二人登場。
境内に灯りがともります。

お許しをいただいて、前の倉庫らしき場所に車を停め、
私たちも境内へと急ぎました。

神楽殿になるのでしょうか?
本殿と向かい合って建てられた建物の中に、
過去の「コグツ」が吊るされています。

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「コグツ」という名前の由来は、
お祭りの世話をされている古老にもわからないそうです。

ただ、このお祭りが800年ほど続いていること。
多分、亀の形を模しているんだろうということ。
そして、この中に、合計八升分のお餅が入れられていると教えてくださいました。

ただし、その昔は、五合の餅が16個入れられていたそうです。
今は、一合の餅が80個。
数が増えた分、取り合いをせずに済むようになったわけです。

お祭りの様式も変わったんだそう。
昔は、このコグツの中の餅を、文字通り「引き合」っていたそうです。
コグツを引く人たちも、餅をとられないように懸命に引きまわしたんだとか。

でも今は、「危ない」というお達しで、餅を取り合うようなことは中止になり、
ただ、コグツを引っ張り、
その後、中の餅を子どもたちに配るようになったんだそうです。

このとき、今年のコグツは、山車の中にありました。

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昼間のうちに神前に供えられた後、山車に乗せられて町内を周り、
再び境内に戻ってきたのだそうです。

さて、19時過ぎになると、ご本殿にも灯りがともりました。

神殿の扉が開いているので、正面からの撮影はNGですが、
階段の下からならOKということで、撮影させていただきました。

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扉の裏側には、波と鳩が三羽描かれてます。
白い鳩と灰色の鳩。

鳩は八幡様の神使いとされます。
この八幡神社も、ご祭神は応神天皇 仲哀天皇 神功皇后の三柱ですから、
神々の化身なのかもしれません。

しかしなぜ、八幡様の神使いが鳩なんでしょうね?

そして、神前には、三つの樽に山と入れられたお餅。
そしてコグツが供えられています。

摂社らしき祠の前には、五合の餅や鯖、野菜も供えられていました。

これらのものを見学させていただいている間に、
古老からはさまざまな話を伺ったのですが、それは順を追って説明しましょう。

さて、20時の少し前ごろ、
静かだった神社近辺が、にわかに騒がしくなりました。

川合・上奉膳(ぶぜん)・下奉膳・水泥(みどろ)の三地域から、
四基の寿々伎(すすき)提灯が集まってきました。

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寿々伎提灯は、葛城独特の風習なのでしょうか。
他の地方ではまだ聞いたことがありませんが、
上段に二つ、中段に四つ、下段に六つ。
全体的に見ると三角形になるように吊るされた提灯をそう呼びます。

鳥居をくぐる前、提灯を持った男衆が、唄を合唱します。
すべてを聞きとれませんでしたが、鶴と亀が舞いを舞うというめでたいもの。
鶴は上から、亀は下から舞いを舞うと謡われていました。

境内に入ると、提灯は神前の階段下に並べられます。

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今年は左から、
下奉膳・上奉膳・(本殿)・水泥・川合
と並べられていましたが、これは入場の順番で、毎年変わるとか。
ちなみに、入場の順番は、上奉膳・下奉膳・水泥・川合の順番でしたから、
左側が、「上席」ということになるのでしょうね。

提灯が並んだら、お祭りの始まりです。
お祭りで重要な役割を担う男性たちが本殿前に並び、
神職さんにより祝詞が奏上されます。

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そして、玉串の奉奠が終わると、男衆は全員階段を下りてきました。
相撲が始まるのです。
今年は、川合と水泥の勝負の年にあたるようでした。

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二本の松明に火がともされ、
二人の男性が法被姿のまま向き合い、四股を踏みます。
しばし睨みあった後、両手をあげて喝采。
その動作だけで、勝負が決まったようです。

勝負は三番勝負。
第一勝負は川合の勝ち。
第二勝負は水泥の勝ち。
第三勝負は「両方」が勝ち。
となりました。

男性たちの様子を見ていると、毎年引き分けになるわけでもないよう。
そしてこの勝負には何か大きな意味があるようにも見受けられました。

そしてヒキアイ餅神事の始まりです。
神前にあったコグツを一人の男性が持ち上げ、振り落とします。

そして、また一人の男性が、コグツを担いで神前まで運び、

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大きく掲げて落としました。

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これを合計4回。
地域ごとに行います。

戦時中、コグツを落とすのは、
徴兵検査に受かった若者の役目だったのだそうです。
そして、餅がまっすぐに階段を落ちたら、無事凱旋すると考えられていたとか。
でも、もし階段から逸れて落ちてしまったら、戦死すると言われたのだそうです。
占いの意味もあったのですね。
そういう意味では、「命をかけた祭り」でもあったと言えるかもしれません。

平和な今ではそういう占いはもうありませんが、
やはり、
「上手い下手はあるよ」
とおっしゃってました(笑)

今年はほぼ毎回、まっすぐに落とされました。

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その後、子どもたちにより、境内をコグツが引きまわされます。

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昔はケガ人がたくさん出たということですが、
今は平和にお祭りが進行していきます。

その昔は、コグツの中の餅を食べると安産であると言われていたとか。
でも境内にいた氏子さんたちの中に、妊婦さんは見当たりませんでした。

コグツに入った餅が神前から落とされるというのは、
神様が、人間に食べ物を授けてくださるということを表しているのでしょうか。
ならば、振り落とす男衆は、「神」「神人」ということ。
800年前、お祭りが始まった当初、どういう人がこの役目を果たしたんでしょうね。

この後、御供撒きが行われ、神事はあっさりと終わりました。
そして境内は何もなかったように静まり返るのです。
祭りの前のように。

800年伝えられてきた奇祭「ヒキアイ餅」
その本来の意味はもう推理するしかありません。
でも、村人たちにとっては、とても重要なお祭りのようです。
短いお祭りです。
興味のある方は是非一度、見学にいらしてください。

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