伝 説:注意なさい。 その蒼く澄んだ鳴き声に心を添わせてはなりません。 どんな楽しい歌声も、ヒグラシの悲しみの前には色を失くす。 バラ色に輝く夢は、冷たいジェリーに閉じ込められたさくらんぼのよう に、生気を忘れて静まり返る。 キリキリと切ない声に、心を添わせてはなりません。 その林を二人で行くのなら、つないだ手をけして離さぬように。 彼の体温を決して見失わぬよう、彼女の息づかいを意識の外に追いやら ぬよう、気をつけていきなさい。 注意なさい。 その林には、ヒグラシが住んでいます。 蛇 足:セミという動物は、はかない命という悲劇を背負っていてもなお、何か 滑稽で、間抜けな感じがするものです。 太い胴。 何か繊細さに欠ける翅。 そして何より、その大声は、がさつな感じさえします。 そんな中、ひぐらしだけは、なぜこんなに悲しいのでしょう。 ヒグラシは秋の季語となっているようですが、実際に一番よくその鳴き 声を聞くのは初夏の頃です。 山に入ったら、耳を澄ませてみてください。 ただし、心を奪われたりはしないように……。 参考文献等: 情報提供者: