妙寺駅を出発すると、紀ノ川べりに出ます。
豊かな流れと、綺麗な水。
清々しい風が、涼しくて、歩くのにぴったりな気候です。

「クロ」という改名が効いたのでしょう。
雨雲はどうやらどこかへ行ったようです。

最初に到着したのは、「竃門神社」。
今は民家の庭にあるので、
撮影させていただくには少しためらいがあります。

「遠くから拝ませていただくだけでいいかぁ」
皆がそう思っていると・・・。

ぷ、と江良さんがいない・・・。
振り返って見ると、もしかしたら天然二人男かもしれない、彼らは、
なんの逡巡もなく、おうちの方と交渉し、
写真を撮影させていただいてました(^^ゞ

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この竃門神社の側では、薬師堂が建て替えの真っ最中でした。
この薬師堂は、空海の指示で、ここに建てられたということ。
空海は、竃神と薬師如来の間に、何らかの関係を見出していたのでしょうか。

竃門神社を過ぎると、すぐ、丹生酒殿神社の一の鳥居が目に入ります。

丹生酒殿神社は、丹生都姫命がお酒を醸したという伝承の残る神社。

現在、境内は広大というわけではないのですが、
なにかスカーンと広々とした明るさのある神社です。

まず、参拝し、ふと横を見ると立派な絵がかかっています。

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高野山における渡御の絵であるようで、
提灯に見える様々な家紋や、大きな松明などに、当時の隆盛がしのばれます。

提灯に注目すると、徳川葵らしきご紋やら、真田六文銭やらが見つかり、
いろいろな想像がかきたてられます。

次に向かったのは、拝殿向かって右側にある「鎌八幡宮」

この宮のご神木であるイチイの大木には、たくさんの鎌が刺さっています。

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何か願い事のある人が、祈りを込めて鎌を刺しているのだそうです。
しかし、願いが叶うのは、鎌を刺された幹が隆起し、
鎌をスッポリ飲み込んでしまった後とのこと。

「素敵な人と結婚できますように」
と願ったとしても、
叶うのは、20年後になることやら、30年後になることやら(笑)

ここは、
「世界が平和になりますように」
ぐらいスケールの大きい、
スパンの長い願い事をするほうが良さそうです。

丹生酒殿神社の前で記念撮影をして、いよいよ三谷坂に向います。

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三谷坂は、別名・勅使道。
昔の人は、この道を通って丹生都姫神社に通ったのですね。
ならば、私達が登れないわけがないっ!!

わけが・・・、
わけが・・・・・・、

坂が、急だっ!!

ほとんど、直登コースの山道なんですよ、これが(^^ゞ

普通の登山道は、うねうねと蛇行した道を
時間をかけてゆっくり登るようになっていることが多いのですが、
この勅使道は、ほぼまっすぐ頂上に駆け上っています。

そんなに、急いだのか?勅使?!

なんだかんだ言いながらも、直登コースということは、
振り返れば、山の麓が一望できるということ。
ちょっと休憩すれば、気分はリフレッシュします。

山道に慣れているあかがねさんとぷはもとより、
最近、登山づいている私や、基礎体力があり余っているsola☆、
面白いことがあるとなれば、
ほうれん草を食べたポパイの如く、体力満タンになる海老・・・
もとい、クロさん。

山伏である毅岳さんや、
細くて体力ムンムンには見えないけれど、
いつでもどこでも涼しげなミルフィオリさんは、
すっかりペースを取り戻しました。

そして、今回案内してくださってるかまどさんも、根性の復活。
夜行で到着したばかりの江良さんも、気力で回復。

まず最初の目的地、笠石に到着しました。

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伝承では、ここに、笠が飛んできたことになっています。
しかし、毅岳さんが見るに、
どうやら、この柱のような石は仏様らしいとのこと。

そして、その石にかぶさっている薄べったい石は、
天蓋をイメージしているのではないかということでした。

伝承は伝承として、
仏様だと思うと、なにやらありがたく感じますね。

次の目的地は、頬切り地蔵です。

しかし、このあたりから、道は暗くなってきました。
雲が出てきたせいもあるのでしょうが、
何より、木々が鬱蒼と生い茂ってきたのです。

しかも、舗装された道から、土の道へと変わり、
なにやら、「山」らしくなってきました。

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そんな、少し暗いところに、頬切り地蔵は鎮座します。

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ちょっと分かりづらいですが、お地蔵様は三体。
写真に映っていませんが、
奥に、もう一体のお地蔵様が彫られています。

伝承では、
丹生津姫が、高野山へ登る道で大蛇を斬ったら、
この地蔵の頬に切り傷ができていた、とされているそうです。

つまり、この地蔵の化身が蛇だと思われていたということでしょうか。

なんだか、考えさせられる話ですね。

さぁ、ここを越えたら、丹生都姫神社はもうすぐです。

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